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【判例】ある者の前科等にかかわる事実が著作物で実名を使用して公表された場合における損害賠償請求の可否 (平成6年2月8日最高裁)ある者の前科等にかかわる事実が著作物で実名を使用して公表された場合における損害賠償請求の可否

(平成6年2月8日最高裁)

事件番号  平成1(オ)1649

 

最高裁判所の見解

1 本件著作は、昭和三九年八月一六日午前三時ころ、

当時アメリカ合衆国の統治下にあった沖縄県宜野湾市aで

発生した被上告人ら四名とアメリカ合衆国軍隊に

所属するD一等兵及びE伍長との喧嘩が原因となって、

Dが死亡し、Eが負傷した事件につき、

被上告人ら四名が、同年九月四日、

アメリカ合衆国琉球列島民政府高等裁判所の起訴陪審の結果、

Dに対する傷害致死及びEに対する傷害の各罪

(適条は我が国の刑法二〇五条及び二〇四条による。)で起訴され、

陪審評議の結果、Dに対する関係では、

傷害致死の公訴事実については無罪であるが、

これに含まれる傷害の公訴事実については

有罪、Eに対する関係では、無罪であると答申され、

同年一一月六日、Dに対する傷害の罪で、

被上告人ほか二名が懲役三年の実刑判決、

他の一名が懲役二年、執行猶予二年の有罪判決を受けた

裁判を素材とするものである。

 

2 被上告人は、本件裁判で服役し、

昭和四一年一〇月に仮出獄した後、沖縄でしばらく働いていたが、

本件事件のこともあってうまくいかず、

やがて沖縄を離れて上京し、昭和四三年一〇月から

都内のバス会社に運転手として就職した。

 

被上告人は、その後、結婚したが、会社にも、

妻にも、前科を秘匿していた。本件事件及び本件裁判は、

当時、沖縄では大きく新聞報道されたが、

本土では新聞報道もなく、東京で生活している被上告人の周囲には、

その前科にかかわる事実を知る者はいなかった。

 

3 上告人は、本件裁判の陪審員の一人であったが、

その体験に基づき、本件著作を執筆し、

本件著作は、昭和五二年八月、株式会社Fから刊行され、

ノンフィクション作品として世上高い評価を受け、

昭和五三年にはG賞を受賞した。

 

三 所論は、前記の理由で上告人の被上告人に対する

不法行為責任を認めた原判決には、憲法違反、

判決に影響を及ぼす法令違反、理由不備ないし

理由齟齬の違法があるというので、以下、検討する。

 

1 ある者が刑事事件につき被疑者とされ、

さらには被告人として公訴を提起されて判決を受け、

とりわけ有罪判決を受け、服役したという事実は、

その者の名誉あるいは信用に直接にかかわる事項であるから、

その者は、みだりに右の前科等にかかわる事実を公表されないことにつき、

法的保護に値する利益を有するものというべきである

(最高裁昭和五二年(オ)第三二三号同五六年四月一四日第三小法廷判決・

民集三五巻三号六二〇頁参照)。

 

この理は、右の前科等にかかわる事実の公表が

公的機関によるものであっても、

私人又は私的団体によるものであっても変わるものではない。

 

そして、その者が有罪判決を受けた後あるいは

服役を終えた後においては、一市民として

社会に復帰することが期待されるのであるから、

その者は、前科等にかかわる事実の公表によって、

新しく形成している社会生活の平穏を害され

その更生を妨げられない利益を有するというべきである。

 

もっとも、ある者の前科等にかかわる事実は、

他面、それが刑事事件ないし刑事裁判という

社会一般の関心あるいは批判の対象と

なるべき事項にかかわるものであるから、

事件それ自体を公表することに歴史的又は

社会的な意義が認められるような場合には、

事件の当事者についても、

その実名を明らかにすることが許されないとはいえない。

 

また、その者の社会的活動の性質あるいは

これを通じて社会に及ぼす影響力の程度などのいかんによっては、

その社会的活動に対する批判あるいは評価の一資料として、

右の前科等にかかわる事実が公表されることを

受忍しなければならない場合もあるといわなければならない

(最高裁昭和五五年(あ)第二七三号同五六年四月一六日第一小法廷判決・

刑集三五巻三号八四頁参照)。

 

さらにまた、その者が選挙によって選出される

公職にある者あるいはその候補者など、

社会一般の正当な関心の対象となる公的立場にある人物である場合には、

その者が公職にあることの適否などの

判断の一資料として右の前科等にかかわる事実が

公表されたときは、これを違法というべきものではない

(最高裁昭和三七年(オ)第八一五号同四一年六月二三日第一小法廷判決・

民集二〇巻五号一一一八頁参照)。

 

そして、ある者の前科等にかかわる事実が実名を使用して

著作物で公表された場合に、以上の諸点を判断するためには、

その著作物の目的、性格等に照らし、

実名を使用することの意義及び必要性を併せ考えることを

要するというべきである。

 

要するに、前科等にかかわる事実については、

これを公表されない利益が法的保護に値する場合があると同時に、

その公表が許されるべき場合もあるのであって、

ある者の前科等にかかわる事実を実名を使用して

著作物で公表したことが不法行為を構成するか否かは、

その者のその後の生活状況のみならず、

事件それ自体の歴史的又は社会的な意義、

その当事者の重要性、その者の社会的活動及び

その影響力について、その著作物の目的、性格等に照らした

実名使用の意義及び必要性をも併せて判断すべきもので、

その結果、前科等にかかわる事実を公表されない法的利益が

優越するとされる場合には、その公表によって被った

精神的苦痛の賠償を求めることができるものといわなければならない。

 

なお、このように解しても、

著作者の表現の自由を不当に制限するものではない。

 

けだし、表現の自由は、

十分に尊重されなければならないものであるが、

常に他の基本的人権に優越するものではなく、

前科等にかかわる事実を公表することが

憲法の保障する表現の自由の範囲内に属するものとして

不法行為責任を追求される余地が

ないものと解することはできないからである。

この理は、最高裁昭和二八年(オ)第一二四一号

同三一年七月四日大法廷判決・

民集一〇巻七号七八五頁の趣旨に徴しても明らかであり、

原判決の違憲をいう論旨を採用することはできない。

 

2 そこで、以上の見地から本件をみると、まず、

本件事件及び本件裁判から本件著作が刊行されるまでに

一二年余の歳月を経過しているが、その間、

被上告人が社会復帰に努め、

新たな生活環境を形成していた事実に照らせば、

被上告人は、その前科にかかわる事実を公表されないことにつき

法的保護に値する利益を有していたことは

明らかであるといわなければならない。

 

しかも、被上告人は、地元を離れて大都会の中で

無名の一市民として生活していたのであって、

公的立場にある人物のように

その社会的活動に対する批判ないし評価の一資料として

前科にかかわる事実の公表を受忍しなければならない場合ではない。

 

所論は、本件著作は、陪審制度の長所ないし民主的な意義を訴え、

当時のアメリカ合衆国の沖縄統治の実態を明らかにしようと

することを目的としたものであり、

そのために本件事件ないしは本件裁判の内容を

正確に記述する必要があったというが、

その目的を考慮しても、本件事件の当事者である

被上告人について、その実名を明らかにする必要があったとは解されない。

 

本件著作は、陪審評議の経過を詳細に記述し、

その点が特色となっているけれども、

歴史的事実そのものの厳格な考究を目的としたものとはいえず、

現に上告人は、本件著作において、

米兵たちの事件前の行動に関する記述は

周囲の人の話や証言などから推測的に創作した旨断っており、

被上告人に関する記述についても、

同人が法廷の被告人席に座って沖縄へ渡って来たことを後悔し、

そのころの生活等を回顧している部分は、

被上告人は事実でないとしている。

 

その上、上告人自身を含む陪審員については、

実名を用いることなく、すべて仮名を使用しているのであって、

本件事件の当事者である被上告人については

特にその実名を使用しなければ本件著作の右の目的が損なわれる、

と解することはできない。

 

さらに、所論は、本件著作は、右の目的のほか、

被上告人ら四名が無実であったことを

明らかにしようとしたものであるから、

本件事件ないしは本件裁判について、

被上告人の実名を使用しても、

その前科にかかわる事実を公表したことにはならないという。

 

しかし、本件著作では、上告人自身を含む

陪審員の評議の結果、被上告人ら四名が

Dに対する傷害の罪で有罪と答申された事実が明らかにされている上、

被上告人の下駄やシャツに米兵の血液型と

同型の血液が付着していた事実など、

被上告人と事件とのかかわりを示す証拠が

裁判に提出されていることが記述され、また、

陪審評議において、喧嘩両成敗であるとの

議論がされた旨の記述はあるが、

被上告人ら四名が正当防衛として

無罪であるとの主張がされた旨の記述はない。

 

したがって、本件著作は、被上告人ら

四名に対してされた陪審の答申と当初の公訴事実との間に

大きな相違があり、また、言い渡された刑が陪審の答申した事実に

対する量刑として重いという印象を強く与えるものではあるが、

被上告人が本件事件に全く無関係であったとか、

被上告人ら四名の行為が正当防衛であったとかいう意味において、

その無実を訴えたものであると解することはできない。

 

以上を総合して考慮すれば、本件著作が刊行された当時、

被上告人は、その前科にかかわる事実を

公表されないことにつき法的保護に値する利益を有していたところ、

本件著作において、上告人が被上告人の実名を使用して

右の事実を公表したことを正当とするまでの

理由はないといわなければならない。

 

そして、上告人が本件著作で被上告人の実名を使用すれば、

その前科にかかわる事実を公表する結果になることは必至であって、

実名使用の是非を上告人が判断し得なかったものとは

解されないから、上告人は、

被上告人に対する不法行為責任を免れないものというべきである。

 

・全文はこちら(裁判所ホームページの本裁判のページ)

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