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【判例】業務上過失致死傷罪 (平成2年11月29日最高裁)業務上過失致死傷罪

(平成2年11月29日最高裁)

事件番号  昭和62(あ)1480

 

最高裁判所の見解

(1)Aデパートビル(以下「本件ビル」という。)は、

C株式会社(以下「C」という。)が所有・管理する

地下一階、地上七階、塔屋三階建の建物(延床面積二万七五一四・六四平方メートル。屋上を含む。)であり、

同社が直営する店舗と同社からの賃借人

(いわゆる「テナント」)が経営する店舗とが混在する雑居ビルであって、

同社が六階以下を「Aデパート」として使用し、

同社の子会社であるD株式会社がCから

七階(床面積一七八〇平方メートル)の大部分を貸借して、

キャバレー「J」を経営していた。

 

(2)Cとテナントとの間の賃貸借契約等によれば、

テナント側の当直は禁じられ、Cが営業時間外のテナントの

売場設備及び商品の警備を含む防火、防犯に関する業務を行うこととされ、

右業務は、CのAデパート管理部が担当していた。

 

(3)被告人G(以下「被告人G」という。)は、

同管理部管理課長として、本件ビルの維持管理を

統括する同管理部次長H(第一審相被告人、

第一審当時死亡)を補佐する立場にあるとともに、

「Aデパート」の消防法八条一項(昭和四九年法律第六四号による改正前のもの)に

規定する防火管理者(以下「防火管理者」という。)の地位にあった。

 

(4)被告人I(以下「被告人I」という。)は、

右D株式会社の代表取締役であって、

「J」の同項に規定する「管理について

権原を有する者」(以下「管理権原者」という。)に当たり、

被告人K(以下「被告人K」という。)は、

「J」の支配人であって、同店の防火管理者の地位にあった。

 

(5)「Aデパート」の各売場は、午後九時に閉店し、

その後は多量の可燃物が置かれた各売場には従業員は

全く不在になり、通常、Aデパート管理部保安係員の五名のみで

防火、防犯等の保安管理に当たっており、七階の「J」だけが

午後一一時まで営業し、多数の従業員や客が

在店しているという状況にあった。

 

(6)「Aデパート」の各売場内には

防火区画シャッター及び防火扉(以下「防火区画シャッター等」という。)が

設置されていたが、これらは閉店後閉鎖されておらず、また、

その六階以下の全館に一斉通報のできる防災アンプが設置されていたが、

七階の「J」に通報する設備はなく、

午後九時以降は一階の保安室から外線によって電話をする以外に

同店に連絡する方法はなかった。

 

(7)本件ビルの構造上、「J」のある七階より下の階から出火した場合、

「Aデパート」の各売場から完全に遮断された

安全な避難階段は、七階南側の「J」専用エレペーター脇のクローク奥にある、

平素は従業員が使用していた階段(別紙図面のB階段。以下、

階段の符号は同図面による。)のみであったが、

同階段を利用しての避難誘導訓練はもとより、

階下からの出火を想定した訓練は一切行われていなかった。

 

(8)「J」に設置されている救助袋は一個であり、

それも一部破損しており、また、これを利用した避難訓練も

行われていなかった。

 

(9)このような状況の下で、

昭和四七年五月一三日午後一〇時二五分ころ、

当時本件ビル三階(床面積三六六五平方メートル)の大部分を

賃借していた株式会社Lから電気工事を請け負っていた業者の

従業員らが同階売場内で工事をしていた際に、

その原因は不明であるが、本件火災が同階東側の

右L寝具売場から発生し、二階ないし四階はほぼ全焼した上、

火災の拡大による多量の煙が、「J」専用の南側エレベーターの

昇降路、E階段、F階段及び本件ビル北側の換気ダクトを

通って上昇し、七階の「J」店内に流入した。

 

(10)当夜本件ビルの宿直勤務についていた保安係員は、

欠勤者が一名出たため、四名であったが、

火煙の勢いが激しかったため、消火作業をすることが

できないまま全員避難せざるを得なかった。

 

その際、保安係員らは、いずれも「J」に電話で

火災の発生を通報することを全く失念しており、

右通報をした者はいなかった。

 

(11)被告人Kは、右換気ダクトや南側エレベーターの

七階乗降口から煙が流入してきた初期の段階で、

従業員らを指揮し、客等を誘導して安全なB階段から

避難させる機会があったのに、これを失し、また、

救助袋が地上に投下されたのに、

従業員が救助袋の入口を開ける方法を知らなかったため、

結局それを利用することもできなかった。

 

(12)本件火災の結果、一酸化炭素中毒や救助袋の

外側を滑り降りる途中の転落等により、

客及び従業員一一八名が死亡し、四二名が傷害を負った。

 

二 被告人Gの過失について

 

1 原判決は、本件火災の拡大を防止するためには、

「Aデパート」閉店後は本件ビル一階ないし

四階の各売場内の防火区画シャッター等のうち、

三階の自動降下式の防火区画シャッター四枚を除く、

その余の全部の防火区画シャッター等を閉め、

工事が行われている場合は、その工事との関係で

最小限開けておく必要のある防火区画シャッター等のみを開け、

保安係員を立ち会わせ、開けたものについてはいつでも

閉めることができるような体制を整えておくべきであり、

被告人Gが右義務を履行できなかったような事情は認められないとして、

その過失責任を肯定した。

 

2 所論は、Cとしては、防火区画シャッター等は、

本来、火災の発生時に閉鎖できるようにしておけばよいのであって、

閉店後に全部の防火区画シャッター等を

閉鎖すべき法令上の根拠はなく、また、

工事の際の立会いについても、工事をする

テナント側で立会いを付けるべきであって、

Aデパート管理部の保安係員を立ち会わせるべき義務はない旨主張する。

 

3 そこで、検討するに、閉店後の「Aデパート」内で

火災が発生した場合、前記一(5)の状况の下では、

容易にそれが拡大するおそれがあったから、

Cとしては、火災の拡大を防止するため、

法令上の規定の有無を問わず、可能な限り種々の

措置を講ずべき注意義務があったことは、明らかである

(最高裁昭和三〇年(あ)第二八二二号同三二年一二月一七日第三小法廷決定・

刑集一一巻一三号三二四六頁参照)。

 

そして、そのための一つの措置として、

平素から防火区画シャッター等を

全面的に閉鎖することも十分考えられるところであるが、

本件火災に限定して考えると、

当夜工事の行われていた本件ビル三階の防火区画シャッター等

(自動降下式のものを除く

防火区画シャッター一一枚及び防火扉二箇所)のうち、

工事のため最小限開けておく必要のある

南端の二枚の防火区画シャッターを除く、

その余の全部の防火区画シャッター等を閉め、

保安係員又はこれに代わる者を工事に立ち会わせ、

出火に際して直ちに出火場所側の南端東側の

防火区画シャッター一枚を閉める措置を講じさせるとともに、

「J」側に火災発生を連絡する体制採っておきさえすれば、

煙は、東西を区画する東側の防火区画シャッターによって

区画された部分にほぼ封じ込められるため、

ほとんど「J」専用の南側エレベーターの昇降路からのみ

上昇することになり、全面的な閉鎖の措置を採った場合と同様、

「J」への煙の流入を減少させることができたはずであり、

保安係員又はこれ代わる者から一階の保安室を経由して

「J」側に火災発生の連絡がされることとあいまって、

同店の客及び従業員を避難させることができたと認められるのである。

 

そうすると、Cとしては、

少なくとも右の限度において、

注意義務を負っていたというべきであり、このことは、

原判決も肯定しているところと解される。

 

4 そうであれば、CのAデパート管理部管理課長であり、かつ、

「Aデパート」の防火管理者である被告人Gとしては、

自らの権限により、あるいは上司である管理部次長の

Hの指示を求め、工事が行われる本件ビル三階の

防火区画シャッター等を可能な範囲で閉鎖し、

保安係員又はこれに代わる者を立ち会わせる措置を採るべき

注意義務を履行すべき立場にあったというべきであり、

右義務に違反し、本件結果を招来した被告人Gには過失責任がある。

 

三 被告人Kの過失について

1 原判決は、被告人Kにおいて、「J」の防火管理者として、

平素から救助袋の維持管理に努め、従業員を指揮して

客等に対する避難誘導訓諌を実施し、煙が侵入した場合、

速やかに従業員をして客等を前記B階段に誘導し、

あるいは救助袋を利用して避難させることにより、

客等の避難の遅延による事故の発生を未然に

防止すべき注意義務があったとする。

 

2 所論は、本件の前年の七月に一回行われた消防訓練の際にも、

消防当局の係員からは、B階段からの避難が

最も安全であるという指導はなく、

それに沿う訓練も指示されていないし、

被告人Kとしては火の気のない六階以下からの出火を

日常絶えず心配している必要はない旨主張する。

 

3 そこで、検討するに、原決判の判示するように、

被告人Kにおいて、あらかじめ階下からの出火を想定し、

避難のための適切な経路の点検を行ってさえいれば、

B階段が安全確実に地上に避難することができる唯一の通路であるとの

結論に到達することは十分可能であったと認められる。

 

そして、被告人Kは、建物の高層部で

多数の遊興客等を扱う「J」の防火管理者として、

本件ビルの階下において火災が発生した場合、

適切に客等を避難誘導できるように、

平素から避難誘導訓練を実施しておくべき

注意義務を負っていたというべきである。

 

したがって、保安係員らがいずれも「J」に

火災の発生を通報することを全く失念していたという事情を

考慮しても、右注意義務を怠った被告人Kの過失は明らかである。

 

四 被告人Iの過失について

1 原判決は、被告人Iについても、「J」の管理権原者として、

防火管理者である被告人Kともども、

前記三1の注意義務があったとする。

 

2 所論は、被告人KについてB階段を利用した

避難誘導訓練をしておくべき注意義務はないから、

被告人Iについても、右の点の注意義務は認められない旨主張する。

 

3 そこで、検討するに、被告人Kには、前述のとおり、

避難誘導訓練をしておくべき注意義務があったと認められるところ、

被告人Iは、救助袋の修理又は取替えが放置されていたことなどから、

適切な避難誘導訓練が平素から十分に

実施されていないことを知っていたにもかかわらず、

管理権原者として、防火管理者である被告人Kが

右の防火管理業務を適切に実施しているかどうかを

具体的に監督すべき注意義務を果たしていなかったのであるから、

この点の被告人Iの過失は明らかである。

 

・全文はこちら(裁判所ホームページの本裁判のページ)

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