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【判例】法定で傍聴人がメモを取ることの合憲性 (平成元年3月8日最高裁)法定で傍聴人がメモを取ることの合憲性

(平成元年3月8日最高裁)

事件番号  昭和63(オ)436

 

最高裁判所の見解

上告人は、米国ワシントン州弁護士の資格を有する者で、

国際交流基金の特別研究員として我が国における

証券市場及びこれに関する法的規制の研究に従事し、

右研究の一環として、昭和五七年一〇月以来、

東京地方裁判所における被告人Dに対する

所得税法違反被告事件の各公判期日における公判を傍聴した。

 

右事件を担当する裁判長(以下「本件裁判長」という。)は、

各公判期日において傍聴人がメモを取ることをあらかじめ

一般的に禁止していたので、上告人は、

各公判期日に先立ちその許可を求めたが、

本件裁判長はこれを許さなかつた。本件裁判長は、

司法記者クラブ所属の報道機関の記者に対しては、

各公判期日においてメモを取ることを許可していた。

 

二 憲法八二条一項の規定は、裁判の対審及び判決が

公開の法廷で行われるべきことを定めているが、

その趣旨は、裁判を一般に公開して裁判が公正に行われることを制度として保障し、

ひいては裁判に対する国民の信頼を確保しようとすることにある。

 

裁判の公開が制度として保障されていることに伴い、

各人は、裁判を傍聴することができることとなるが、

右規定は、各人が裁判所に対して傍聴することを権利として

要求できることまでを認めたものでないことはもとより、

傍聴人に対して法廷においてメモを取ることを

権利として保障しているものでないことも、いうまでもないところである。

 

三1 憲法二一条一項の規定は、表現の自由を保障している。

そうして、各人が自由にさまざまな意見、知識、情報に接し、

これを摂取する機会をもつことは、その者が個人として

自己の思想及び人格を形成、発展させ、社会生活の中に

これを反映させていく上において欠くことのできないものであり、

民主主義社会における思想及び情報の自由な伝達、交流の確保という

基本的原理を真に実効あるものたらしめるためにも必要であつて、

このような情報等に接し、これを摂取する自由は、

右規定の趣旨、目的から、いわばその派生原理として

当然に導かれるところである

(最高裁昭和五二年(オ)第九二七号同五八年六月二二日大法廷判決・

民集三七巻五号七九三頁参照)。

 

市民的及び政治的権利に関する国際規約(以下「人権規約」という。)一九条二項の規定も、

同様の趣旨にほかならない。

 

2 筆記行為は、一般的には人の生活活動の一つであり、

生活のさまざまな場面において行われ、

極めて広い範囲に及んでいるから、

そのすべてが憲法の保障する自由に関係するものということはできないが、

さまざまな意見、知識、情報に接し、

これを摂取することを補助するものとしてなされる限り、

筆記行為の自由は、憲法二一条一項の規定の精神に照らして

尊重されるべきであるといわなければならない。

 

裁判の公開が制度として保障されていることに伴い、

傍聴人は法廷における裁判を見聞することができるのであるから、

傍聴人が法廷においてメモを取ることは、

その見聞する裁判を認識、記憶するためになされるものである限り、

尊重に値し、故なく妨げられてはならないものというべきである。

 

四 もつとも、情報等の摂取を補助するためにする

筆記行為の自由といえども、

他者の人権と衝突する場合にはそれとの調整を図る上において、

又はこれに優越する公共の利益が存在する場合には

それを確保する必要から、一定の合理的制限を

受けることがあることはやむを得ないところである。

 

しかも、右の筆記行為の自由は、

憲法二一条一項の規定によつて直接保障されている

表現の自由そのものとは異なるものであるから、

その制限又は禁止には、表現の自由に制約を加える場合に

一般に必要とされる厳格な基準が要求されるものではないというべきである。

 

これを傍聴人のメモを取る行為についていえば、

法廷は、事件を審理、裁判する場、すなわち、

事実を審究し、法律を適用して、適正かつ迅速な裁判を実現すべく、

裁判官及び訴訟関係人が全神経を集中すべき場であつて、

そこにおいて最も尊重されなければならないのは、

適正かつ迅速な裁判を実現することである。

 

傍聴人は、裁判官及び訴訟関係人と異なり、

その活動を見聞する者であつて、裁判に関与して

何らかの積極的な活動をすることを予定されている者ではない。

 

したがつて、公正かつ円滑な訴訟の運営は、

傍聴人がメモを取ることに比べれば、

はるかに優越する法益であることは多言を要しないところである。

 

してみれば、そのメモを取る行為がいささかでも

法廷における公正かつ円滑な訴訟の運営を妨げる場合には、

それが制限又は禁止されるべきことは当然であるというべきである。

 

適正な裁判の実現のためには、

傍聴それ自体をも制限することができるとされているところでもある

(刑訴規則二〇二条、一二三条二項参照)。

 

メモを取る行為が意を通じた傍聴人によつて一斉に行われるなど、

それがデモンストレーシヨンの様相を呈する場合などは論外としても、

当該事件の内容、証人、被告人の年齢や

性格、傍聴人と事件との関係等の諸事情によつては、

メモを取る行為そのものが、

審理、裁判の場にふさわしくない雰囲気を醸し出したり、

証人、被告人に不当な心理的圧迫などの影響を及ぼしたりすることがあり、

ひいては公正かつ円滑な訴訟の運営が妨げられるおそれが

生ずる場合のあり得ることは否定できない。

 

しかしながら、それにもかかわらず、

傍聴人のメモを取る行為が公正かつ円滑な訴訟の運営を妨げるに至ることは、

通常はあり得ないのであつて、特段の事情のない限り、

これを傍聴人の自由に任せるべきであり、

それが憲法二一条一項の規定の精神に合致するものということができる

 

五1 法廷を主宰する裁判長(開廷をした一人の裁判官を含む。以下同じ。)には、

裁判所の職務の執行を妨げ、又は不当な行状をする者に対して、

法廷の秩序を維持するため相当な処分をする権限が付与されている

(裁判所法七一条、刑訴法二八八条二項)。

右の法廷警察権は、法廷における訴訟の運営に対する

傍聴人等の妨害を抑制、排除し、適正かつ迅速な裁判の実現という

憲法上の要請を満たすために裁判長に付与された権限である。

 

しかも、裁判所の職務の執行を妨げたり、

法廷の秩序を乱したりする行為は、裁判の各場面において

さまざまな形で現れ得るものであり、

法廷警察権は、右の各場面において、その都度、

これに即応して適切に行使されなければならないことにかんがみれば、

その行使は、当該法廷の状況等を最も的確に把握し得る立場にあり、かつ、

訴訟の進行に全責任をもつ裁判長の

広範な裁量に委ねられて然るべきものというべきであるから、

その行使の要否、執るべき措置についての裁判長の判断は、

最大限に尊重されなければならないのである。

 

2 裁判所法七一条、刑訴法二八八条二項の各規定により、

法廷において裁判所の職務の執行を妨げ、

又は不当な行状をする者に対し、

裁判長が法廷の秩序を維持するため相当な処分をすることが認められている以上、

裁判長は、傍聴人のメモを取る行為といえども、

公正かつ円滑な訴訟の運営の妨げとなるおそれがある場合は、

この権限に基づいて、当然これを禁止又は規制する措置を

執ることができるものと解するのが相当であるから、

実定法上、法廷において傍聴人に対してメモを取る行為を

禁止する根拠となる規定が存在しないということはできない。

 

また、人権規約一九条三項の規定は、

情報等の受領等の自由を含む表現の自由についての

権利の行使に制限を課するには法律の定めを要することをいうものであるから、

前示の各法律の規定に基づく

法廷警察権による傍聴人のメモを取る行為の制限は、

何ら人権規約の右規定に違反するものではない

 

3 裁判長は傍聴人がメモを取ることをその自由に任せるべきであり、

それが憲法二一条一項の規定の精神に合致するものであることは、

前示のとおりである。裁判長としては、

特に具体的に公正かつ円滑な訴訟の

運営の妨げとなるおそれがある場合においてのみ、

法廷警察権によりこれを制限又は禁止するという取扱いを

することが望ましいといわなければならないが、

事件の内容、傍聴人の状況その他当該法廷の具体的状況によつては、

傍聴人がメモを取ることをあらかじめ一般的に禁止し、

状況に応じて個別的にこれを許可するという取扱いも、

傍聴人がメモを取ることを故なく妨げることとならない限り、

裁判長の裁量の範囲内の措置として許容されるものというべきである。

 

六 本件裁判長が、各公判期日において、

上告人に対してはメモを取ることを禁止しながら、

司法記者クラブ所属の報道機関の記者に対しては

これを許可していたことは、前示のとおりである。

 

憲法一四条一項の規定は、各人に対し絶対的な平等を保障したものではなく、

合理的理由なくして差別することを禁止する趣旨であつて、

それぞれの事実上の差異に相応して法的取扱いを区別することは、

その区別が合理性を有する限り、

何ら右規定に違反するものではないと解すべきである

(最高裁昭和五五年(行ツ)第一五号同六〇年三月二七日大法廷判決・

民集三九巻二号二四七頁等参照)とともに、

報道機関の報道は、民主主義社会において、

国民が国政に関与するにつき、

重要な判断の資料を提供するものであつて、

事実の報道の自由は、表現の自由を定めた

憲法二一条一項の規定の保障の下にあることはいうまでもなく、

このような報道機関の報道が正しい内容をもつためには、

報道のための取材の自由も、憲法二一条の規定の精神に照らし、

十分尊重に値するものである

(最高裁昭和四四年(し)第六八号同年一一月二六日大法廷決定・

刑集二三巻一一号一四九〇頁)。

 

そうであつてみれば、以上の趣旨が

法廷警察権の行使に当たつて配慮されることがあつても、

裁判の報道の重要性に照らせば当然であり、

報道の公共性、ひいては報道のための

取材の自由に対する配慮に基づき、

司法記者クラブ所属の報道機関の記者に対してのみ

法廷においてメモを取ることを許可することも、

合理性を欠く措置ということはできないというべきである。

 

本件裁判長において執つた右の措置は、

このような配慮に基づくものと思料されるから、

合理性を欠くとまでいうことはできず、

憲法一四条一項の規定に違反するものではない。

 

七1 原審の確定した前示事実関係の下においては、

本件裁判長が法廷警察権に基づき傍聴人に対して

あらかじめ一般的にメモを取ることを禁止した上、

上告人に対しこれを許可しなかつた措置(以下「本件措置」という。)は、

これを妥当なものとして積極的に肯認し得る事由を見出すことができない。

 

上告人がメモを取ることが、法廷内の秩序や静穏を乱したり、

審理、裁判の場にふさわしくない雰囲気を醸し出したり、

あるいは証人、被告人に不当な影響を与えたりするなど

公正かつ円滑な訴訟の運営の妨げとなる

おそれがあつたとはいえないのであるから、

本件措置は、合理的根拠を欠いた

法廷警察権の行使であるというべきである。

 

過去においていわゆる公安関係の事件が裁判所に多数係属し、

荒れる法廷が日常であつた当時には、

これらの裁判の円滑な進行を図るため、

各法廷において一般的にメモを取ることを

禁止する措置を執らざるを得なかつたことがあり、

全国における相当数の裁判所において、

今日でもそのような措置を必要とするとの見解の下に、

本件措置と同様の措置が執られてきていることは、

当裁判所に顕著な事実である。

 

しかし、本件措置が執られた当時においては、

既に大多数の国民の裁判所に対する理解は深まり、

法廷において傍聴人が裁判所による

訴訟の運営を妨害するという事態は、

ほとんど影をひそめるに至つていたこともまた、

当裁判所に顕著な事実である。

 

裁判所としては、今日においては、

傍聴人のメモに関し配慮を欠くに至つていることを率直に認め、

今後は、傍聴人のメモを取る行為に対し

配慮をすることが要請されることを認めなければならない。

 

もつとも、このことは、法廷の秩序や静穏を害したり、

公正かつ円滑な訴訟の運営に支障を来したりすることのないことを

前提とするものであることは当然であつて、裁判長は、

傍聴人のいかなる行為であつても、

いやしくもそれが右のような事態を招くものであると認めるときには、

厳正かつ果断に法廷警察権を行使すべき職務と責任を有していることも、

忘れられてはならないであろう。

 

2 法廷警察権は、裁判所法七一条、

刑訴法二八八条二項の各規定に従つて

行使されなければならないことはいうまでもないが、

前示のような法廷警察権の趣旨、目的、

更に遡つて法の支配の精神に照らせば、

その行使に当たつての裁判長の判断は、

最大限に尊重されなければならない。

 

したがつて、それに基づく裁判長の措置は、

それが法廷警察権の目的、範囲を著しく逸脱し、

又はその方法が甚だしく不当であるなどの特段の事情のない限り、

国家賠償法一条一項の規定にいう

違法な公権力の行使ということはできないものと

解するのが相当である。

 

このことは、前示のような法廷における傍聴人の立場にかんがみるとき、

傍聴人のメモを取る行為に対する法廷警察権の行使についても

妥当するものといわなければならない。

 

本件措置が執られた当時には、法廷警察権に基づき

傍聴人がメモを取ることを一般的に禁止して

開廷するのが相当であるとの見解も広く採用され、

相当数の裁判所において同様の措置が

執られていたことは前示のとおりであり、

本件措置には前示のような特段の事情があるとまではいえないから、

本件措置が配慮を欠いていたことが認められるにもかかわらず、

これが国家賠償法一条一項の規定にいう

違法な公権力の行使に当たるとまでは、断ずることはできない。

 

八 以上説示したところと同旨に帰する原審の判断は、

結局これを是認することができる。

 

原判決に所論の違憲、違法はなく、論旨は、

いずれも採用することができない。

 

・全文はこちら(裁判所ホームページの本裁判のページ)

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