未払賃金請求事件
(平成12年9月22日最高裁)
事件番号 平成9(オ)2197
最高裁判所の見解
1 本件就業規則変更により、被上告人らにとっては、
平日の所定労働時間が二五分間延長されることとなったのであるから、
本件就業規則変更が被上告人らの労働条件を
不利益に変更する部分を含むことは、明らかである。
また、労働時間が賃金と並んで重要な労働条件であることは、
いうまでもないところである。
2 そこで、まず、変更による実質的な不利益の程度について検討すると、
二五分間の労働時間の延長は、それだけをみれば、
不利益は小さなものとはいえない。
しかしながら、本件就業規則変更前の被上告人らの
所定労働時間は、第三土曜日を休日扱いとしていた
実際の運用を前提に計算しても、
第一、第四及び第五週が四〇時間、
第二及び第三週が三五時間五〇分であって、
これが、変更後は、一律に週三七時間五五分になるのである。
そうすると、年間を通してみれば、変更の前後で、
所定労働時間には大きな差がないということができる。
さらに、本件では、完全週休二日制の実施が
本件就業規則変更に関連する労働条件の基本的改善点であり、
労働から完全に解放される休日の日数が増加することは、
労働者にとって大きな利益である。
また、終業時刻が午後五時二〇分とされた本件就業規則変更後においても
変更前と同一の時間外勤務がされることを前提とする
原審認定の時間外勤務手当の減少は、
合理的根拠を欠くものというべきである。
したがって、全体的にみれば、被上告人らが
本件就業規則変更により被る実質的不利益は、
必ずしも大きいものではないというのが相当である。
3 次に、変更の必要性について検討すると、
本件では、金融機関における先行的な
週休二日制導入に関する政府の強い方針と
施行令の前記改正経過からすると、上告人にとって、
完全週休二日制の実施は、早晩避けて通ることができないもので
あったというべきである。
そして、週休二日制の実施に当たり、
平日の労働時間を変更せずに土曜日をすべて休日にすれば、
一般論として、提供される労働量の総量の減少が考えられ、
また、営業活動の縮小やサービスの低下に伴う収益減、
平日における時間外勤務の増加等が生ずることは当然である。
そこで、経営上は、賃金コストを変更しない限り、
土曜日の労働時間の分を他の日の労働時間の延長によって賄うとの
措置を採ることは通常考えられるところであり、特に、
既に年間所定労働時間が同業者の平均よりも
短くなっていた上告人のような企業にとっては、
その必要性が大きいものと考えられる。加えて、上告人は、
本件就業規則変更の当時、相対的な経営効率が著しく劣位にあり、
人件費の抑制に努めていたというのであるから、
他の金融機関と競争していくためにも、
変更の必要性が高いということができる。
4 さらに、新就業規則の内容をみると、
変更後の一日七時間三五分、週三七時間五五分という所定労働時間は、
当時の我が国の水準としては必ずしも長時間ではなく、
他と比較して格別見劣りするものではない。
そうすると、平日の労働時間の延長をせずに
完全週休二日制だけを実施した場合には所定労働時間が
週三五時間五〇分になることや上告人の経営状況等も勘案すると、
本件就業規則変更については、
その内容に社会的な相当性があるということができる。
5 以上によれば、本件就業規則変更により
被上告人らに生ずる不利益は、これを全体的、
実質的にみた場合に必ずしも大きいものということはできず、
他方、上告人としては、完全週休二日制の実施に伴い
平日の労働時間を画一的に延長する必要性があり、
変更後の内容も相当性があるということができるので、
従組がこれに強く反対していることや
上告人と従組との協議が十分なものであったとは
いい難いこと等を勘案してもなお、本件就業規則変更は、
右不利益を被上告人らに法的に
受忍させることもやむを得ない程度の
必要性のある合理的内容のものであると認めるのが相当である。
したがって、本件就業規則変更は、被上告人らに対しても
効力を生ずるものというべきである。
五 以上に説示したところによれば、
本件就業規則変更の効力を認めなかった原審の判断には
法令の解釈適用を誤った違法があり、
右違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。
論旨はこの趣旨をいう限度で理由があり、
その余の点を判断するまでもなく、原判決のうち
上告人の敗訴部分は破棄を免れない。
そして、本件就業規則変更の効力が及ばないことを
前提とする被上告人らの請求は理由がないことに帰し、
第一審判決は正当であるから、前記敗訴部分につき、
被上告人らの控訴を棄却し、原審において
拡張された請求も棄却することとする。
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