刑訴法199条1項,刑訴法199条2項,刑訴規則143条の3,外国人登録法
(平成10年9月7日最高裁)
事件番号 平成7(オ)527
最高裁判所の見解
1 司法警察職員等は、被疑者が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由及び
逮捕の必要の有無について裁判官が審査した上で発付した逮捕状によって、
被疑者を逮捕することができる(刑訴法一九九条一項本文、二項)。
一定の軽微な犯罪については、被疑者が定まった住居を有しない場合又は
正当な理由がなく刑訴法一九八条の規定による出頭の求めに応じない場合に限って
逮捕することができるとされているから(刑訴法一九九条一項ただし書)、
裁判官は、右の軽微な犯罪については、
更にこれらの要件が存するかどうかも審査しなければならない。
ところで、逮捕状の請求を受けた裁判官は、
提出された資料等を取り調べた結果(刑訴規則一四三条、一四三条の二)、
逮捕の理由(逮捕の必要を除く逮捕状発付の要件)が
存することを認定できないにもかかわらず逮捕状を
発付することは許されないし(刑訴法一九九条二項本文)、
被疑者の年齢及び境遇並びに犯罪の軽重及び態様その他諸般の事情に照らし、
被疑者が逃亡するおそれがなく、かつ、
罪証を隠滅するおそれがない等明らかに逮捕の必要がないと認めるときは、
逮捕状の請求を却下しなければならないのである
(刑訴法一九九条二項ただし書、刑訴規則一四三条の三)。
なお、右の罪証隠滅のおそれについては、
被疑事実そのものに関する証拠に限られず、
検察官の公訴を提起するかどうかの判断及び
裁判官の刑の量定に際して参酌される事情に関する証拠も
含めて審査されるべきものである。
そして、右の逮捕状を請求された裁判官に求められる審査、
判断の義務に対応して考えると、司法警察員等においても、
逮捕の理由がないか、又は明らかに逮捕の必要がないと
判断しながら逮捕状を請求することは許されないというべきである。
2 本件における事実関係によれば、本件逮捕状の請求及びその発付の当時、
被上告人が外国人登録法一四条一項に定める
指紋押なつをしなかったことを疑うに足りる相当な理由があったものということができ、
さらに、右の罪については、一年以下の懲役若しくは
禁錮又は二〇万円以下の罰金を科し、あるいは懲役又は
禁錮及び罰金を併科することとされていたのであるから
(同法一八条一項八号、二項)、
刑訴法一九九条一項ただし書、罰金等臨時措置法七条一項
(いずれも平成三年法律第三一号による改正前のもの)に
規定する罪に該当しないことも明らかであって、
本件においては被上告人につき逮捕の理由が存したということができる。
そこで、逮捕の必要について検討するに、本件における事実関係によれば、
被上告人の生活は安定したものであったことがうかがわれ、また、
桂警察署においては本件逮捕状の請求をした時までに、
既に被上告人が指紋押なつをしなかったことに
関する証拠を相当程度有しており、被上告人もこの点については
自ら認めていたのであるから、被上告人について、
逃亡のおそれ及び指紋押なつをしなかったとの事実に関する
罪証隠滅のおそれが強いものであったということはできないが、
被上告人は、L巡査部長らから五回にわたって
任意出頭するように求められながら、正当な理由がなく出頭せず、また、
被上告人の行動には組織的な背景が存することが
うかがわれたこと等にかんがみると、本件においては、
明らかに逮捕の必要がなかったということはできず、
逮捕状の請求及びその発付は、刑訴法及び刑訴規則の
定める要件を満たす適法なものであったということができる。
3 右のとおり、本件の逮捕状の請求及びその発付は、
刑訴法及び刑訴規則の定める要件を満たし、
適法にされたものであるから、国家賠償法一条一項の
適用上これが違法であると解する余地はない。
4 そうすると、右と異なり、上告人らは被上告人に対して
国家賠償法一条一項に基づき本件逮捕により被上告人が
被った損害を賠償する責任を負うものとした原審の判断は、
前記の各法令の解釈適用を誤ったものであり、
この違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。
論旨は理由があり、その余の上告理由について判断するまでもなく、
原判決中上告人らの敗訴部分は破棄を免れない。
そして、被上告人の本件損害賠償請求はすべて理由がないとした
第一審判決は正当であるから、
右部分に対する被上告人の控訴を棄却すべきである。
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