刑訴法314条1項
(平成10年3月12日最高裁)
事件番号 平成8(あ)204
最高裁判所の見解
1 被告人は、重度の聴覚障害及び言語を
習得しなかったことによる二次的精神遅滞により、
抽象的、構造的、仮定的な事柄について
理解したり意思疎通を図ることが
極めて困難であるなど、精神的能力及び
意思疎通能力に重い障害を負ってはいるが、
手話通訳を介することにより、刑事手続において
自己の置かれている立場をある程度正確に理解して、
自己の利益を防御するために相当に的確な状況判断をすることができるし、
それに必要な限りにおいて、各訴訟行為の内容についても概ね正確に
伝達を受けることができる。また、個々の訴訟手続においても、
手続の趣旨に従い、手話通訳を介して、
自ら決めた防御方針に沿った供述ないし対応をすることができるのであり、
黙秘権についても、被告人に理解可能な手話を用いることにより、
その趣旨が相当程度伝わっていて、
黙秘権の実質的な侵害もないということができる。
しかも、本件は、事実及び主たる争点ともに比較的単純な事案であって、
被告人がその内容を理解していることは明らかである。
2 そうすると、被告人は、重度の聴覚障害及び
これに伴う二次的精神遅滞により、訴訟能力、
すなわち、被告人としての重要な利害を弁別し、
それに従って相当な防御をする能力が著しく制限されてはいるが、
これを欠いているものではなく、
弁護人及び通訳人からの適切な援助を受け、かつ、
裁判所が後見的役割を果たすことにより、
これらの能力をなお保持していると認められる。
したがって、被告人は、第一審及び原審のいずれの段階においても、
刑訴法三一四条一項にいう「心神喪失の状態」には
なかったものと認めるのが相当である。
3 以上によれば、被告人が第一審段階において
訴訟能力を欠く心神喪失の状態にあったとした原判決の判断には、
刑訴法三一四条一項の解釈適用を誤った違法があり、
これを破棄しなければ著しく正義に反するといわなければならない。
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