労働基準法(平成10年法律第112号による改正前のもの)89条

(平成12年9月7日最高裁)

事件番号  平成8(オ)1677

 

最高裁判所の見解

1 新たな就業規則の作成又は

変更によって労働者の既得の権利を奪い、

労働者に不利益な労働条件を一方的に課することは、

原則として許されない。

 

しかし、労働条件の集合的処理、特にその統一的かつ

画一的な決定を建前とする就業規則の性質からいって、

当該規則条項が合理的なものである限り、個々の労働者において、

これに同意しないことを理由として、その適用を拒むことは許されない。

 

そして、当該規則条項が合理的なものであるとは、

当該就業規則の作成又は変更が、その必要性及び内容の両面からみて、

それによって労働者が被ることになる不利益の程度を考慮しても、

なお当該労使関係における当該条項の法的規範性を是認することが

できるだけの合理性を有するものであることをいい、特に、

賃金、退職金など労働者にとって重要な権利、

労働条件に関し実質的な不利益を及ぼす就業規則の作成又は変更については、

当該条項が、そのような不利益を労働者に法的に受忍させることを

許容することができるだけの高度の必要性に基づいた

合理的な内容のものである場合において、

その効力を生ずるものというべきである。

 

右の合理性の有無は、具体的には、就業規則の変更によって

労働者が被る不利益の程度、使用者側の変更の

必要性の内容・程度、変更後の就業規則の内容自体の相当性、

代償措置その他関連する他の労働条件の改善状況、

労働組合等との交渉の経緯、他の労働組合又は他の従業員の対応、

同種事項に関する我が国社会における

一般的状況等を総合考慮して判断すべきである。

以上は、当裁判所の判例の趣旨とするところである

(最高裁昭和四〇年(オ)第一四五号

同昭和四三年一二月二五日大法廷判決・

民集二二巻一三号三四五九頁、最高裁昭和六〇年(オ)第一〇四号

同六三年二月一六日第三小法廷判決・民集四二巻二号六〇頁、

最高裁平成五年(オ)第六五〇号同八年三月二六日第三小法廷判決・

民集五〇巻四号一〇〇八頁、最高裁平成四年(オ)第二一二二号

同九年二月二八日第二小法廷判決・民集五一巻二号七〇五頁参照)。

 

2 被上告人は、発足時から

六〇歳定年制であったのであるから、

五五歳以降にも所定の賃金を得られるということは、

単なる期待にとどまるものではなく、

該当労働者の労働条件の一部となっていたものである。

 

上告人らは、本件就業規則等変更の結果、専任職に発令され、

基本給の凍結、右発令後の業績給の削減、

役職手当及び管理職手当の不支給並びに賞与の減額

(ただし、後述するように、賞与の減額は、

本件就業規則等変更によるものではない部分を含む。)

をされたのであるから、

本件就業規則等変更が上告人らの重要な労働条件を

不利益に変更する部分を含むことは、明らかである。

 

そこで、以下、本件就業規則等変更が右のような

不利益を労働者に法的に受忍させることを

許容することができるだけの高度の必要性に基づいた

合理的な内容のものであるといえるか否かについて、

前示の諸事情に照らして検討することとする。

 

3 被上告人は、六〇歳定年制の下で、

基本的に年功序列型の賃金体系を維持していたところ、

行員の高齢化が進みつつあり、他方、他の地銀では、

従来定年年齢が被上告人よりも低かったため

五五歳以上の行員の割合が小さく、

その賃金水準も低レベルであったというのであるから、

被上告人としては、五五歳以上の行員について、

役職への配置等に関する組織改革とこれによる

賃金の抑制を図る必要があったということができる。

 

そして、右事情に加え、被上告人の経営効率を示す諸指標が

全国の地銀の中で下位を低迷し、弱点のある経営体質を有していたことや、

金融機関間の競争が進展しつつあったこと等を考え合わせると、

本件就業規則等変更は、被上告人にとって、

高度の経営上の必要性があったということができる。

 

4 本件就業規則等変更は、まず、

五五歳到達を理由に行員を管理職階又は監督職階から

外して専任職階に発令するようにするものであるが、右変更は、

これに伴う賃金の減額を除けば、その対象となる行員に

格別の不利益を与えるものとは認められない。

 

したがって、本件就業規則等変更は、

職階及び役職制度の変更に限ってみれば、

その合理性を認めることが相当である。

 

(一) しかしながら、

本件第一次変更及び本件第二次変更による高年層の行員に対

する賃金面の不利益をみると、他の行員の基本給等が増額されても、

五五歳以上の者の賃金は増額されず、専任職に発令後は、

基本給の約半額程度を占める業績給が五〇パーセント削減され、

三万ないし一二万円程度とかなりの額である役職手当及び

管理職手当が支給されなくなり、かつ、

賞与の額も大きく減額されるものである。

以上の変更による賃金の減額幅は、五五歳に到達した年度、

従来の役職、賃金の内容等によって異なるが、

経過措置が適用されなくなる平成四年度以降は、

得べかりし標準賃金額に比べておおむね

四十数パーセント程度から五十数パーセント程度に達することとなる。

 

上告人らの年間賃金は、例えば、担当職務にほとんど

変化のない上告人A3の場合でも、当初の四箇月間を別として、

五五歳到達直前の九六〇万円程度から五三〇万円程度に下がり、

ほぼ全期間にわたって経過措置の適用を受けていた上告人A2の場合でも、

同じく七二〇万円程度から退職時には四二〇万円程度にまで下がっており、

元管理職階であった上告人A1の場合にも、

同じく八〇〇万円程度から退職時には四二〇万円程度にまで下がっている。

 

得べかりし標準賃金額と比べた場合の賃金の削減額は、

三年四箇月間ないし五年間の合計で約一二五〇万円ないし

約二〇二〇万円となっており、その削減率は、

右期間の平均値で約三三ないし四六パーセントに達している

(なお、賞与支給率が低減されたことによる

賞与支給額の減額分を除外すれば、

以上の数値はこれらより若干小さくなるが、

この点を考慮しても、賃金の削減率に大差は生じない。)。

 

将来の賃金額は考課ないし査定により変動があるものであるが、

以上の減額幅は考課等による格差に比べ格段に大きなものであって、

その相当部分が本件就業規則等変更によるものと考えられる。

 

(二) もっとも、賃金が減額されても、

これに相応した労働の減少が認められるのであれば、

全体的にみた実質的な不利益は小さいことになる。

 

しかし、上告人らの場合、所定労働時間等の変更があるわけではない上、

上告人A4、同A5、同A3及び同A2は、

専任職発令の前後を通じてほぼ同じ職務を担当しており、

上告人A1及び同A6も、課長の肩書が外された事実はあるが、

数十パーセントの賃金削減を正当化するに足りるほどの

職務の軽減が現実に図られているとはいえない。

 

そうすると、労働の減少という観点から本件就業規則等変更による

賃金面の不利益性を低く評価することは、本件では相当でない。

 

(三) さらに、本件第二次変更の際には、

被上告人と労組との間で不利益の代償措置も合意されている。

 

しかし、右代償措置のうち、退職金の増額については、

早期退職する場合の特例であって、上告人らには関係しない。

 

企業年金については、被上告人の

負担する掛金が若干増額されているが、

これは賃金額の低下による厚生年金の

水準の低下の一部を補うものにすぎず、

これをもって賃金減額の代償措置と評価することはできない。

 

特別融資制度や住宅融資に関する措置は、

代償措置ということはできるが、

数十パーセントの賃金削減を補うような重要なものと評価することはできない。

 

したがって、これらの代償措置を加味して判断しても、

上告人らの不利益が全体的にみて小さいものであるということはできない。

 

(四) 右によれば、本件第一次変更及び

本件第二次変更により上告人らの被った賃金面における

不利益は極めて重大であり、

そのうち本件就業規則等変更による部分も、

その程度が大きいものというべきである。

 

6(一) 本件就業規則等変更後の上告人らの賃金は、

平成四年度以降は、年間約四二〇万円程度から

約五三〇万円程度までとなっている。このような賃金額は、

減額されたとはいっても、青森県における当時の

給与所得者の平均的な賃金水準や定年を延長して

延長後の賃金を低く抑えた一部の企業の

賃金水準に比べてなお優位にあるものである。

 

しかし、上告人らは、高年層の事務職員であり、年齢、企業規模、

賃金体系等を考慮すると、変更後の右賃金水準が

格別高いものであるということはできない。

 

また、上告人らは、段階的に賃金が増加するものとされていた

賃金体系の下で長く就労を継続して五〇歳代に至ったところ、

六〇歳の定年五年前で、賃金が頭打ちにされるどころか

逆に半額に近い程度に切り下げられることになったものであり、

これは、五五歳定年の企業が定年を延長の上、

延長後の賃金水準を低く抑える場合と同列に論ずることはできない。

 

(二) 本件就業規則等変更は、変更の対象層、

前記の賃金減額幅及び変更後の賃金水準に照らすと、

高年層の行員につき雇用の継続や安定化等を図るものではなく、逆に、

高年層の行員の労働条件をいわゆる定年後在職制度ないし

嘱託制度に近いものに一方的に切り下げるものと評価せざるを得ない。

 

また、本件では、前示のとおり、中堅層の賃金について格段の改善がされており、

被上告人の人件費全体も逆に上昇しているというのである。

 

企業経営上、賃金水準切下げの差し迫った必要性があるのであれば、

各層の行員に応分の負担を負わせるのが通常であるところ、

本件は、そのようなものではない。

 

(三) 右にみたとおり、本件就業規則等変更は、

多数の行員について労働条件の改善を図る一方で、

一部の行員について賃金を削減するものであって、

従来は右肩上がりのものであった行員の

賃金の経年的推移の曲線を変更しようとするものである。

 

もとより、このような変更も、前述した経営上の必要性に照らし、

企業ないし従業員全体の立場から巨視的、長期的にみれば、

企業体質を強化改善するものとして、その相当性を肯定することが

できる場合があるものと考えられる。

 

しかしながら、本件における賃金体系の変更は、

短期的にみれば、特定の層の行員にのみ賃金コスト抑制の負担を

負わせているものといわざるを得ず、その負担の程度も前示のように

大幅な不利益を生じさせるものであり、

それらの者は中堅層の労働条件の改善などといった利益を受けないまま

退職の時期を迎えることとなるのである。

 

就業規則の変更によってこのような制度の改正を行う場合には、

一方的に不利益を受ける労働者について不利益性を緩和するなどの

経過措置を設けることによる適切な救済を併せ図るべきであり、

それがないままに右労働者に大きな不利益のみを受忍させることには、

相当性がないものというほかはない。

 

本件の経過措置は、前示の内容、程度に照らし、

本件就業規則等変更の当時既に五五歳に近づいていた行員にとっては、

救済ないし緩和措置としての効果が十分ではなく、

上告人らは、右経過措置の適用にもかかわらず

依然前記のような大幅な賃金の減額をされているものである。

 

したがって、このような経過措置の下においては、

上告人らとの関係で賃金面における本件就業規則等変更の内容の

相当性を肯定することはできないものといわざるを得ない。

 

7 本件では、行員の約七三パーセントを

組織する労組が本件第一次変更及び本件第二次変更に同意している。

 

しかし、上告人らの被る前示の不利益性の程度や内容を勘案すると、

賃金面における変更の合理性を判断する際に労組の同意を

大きな考慮要素と評価することは相当ではないというべきである。

 

8(一) 企業においては、社会情勢や当該企業を取り巻く

経営環境等の変化に伴い、企業体質の改善や経営の一層の効率化、

合理化をする必要に迫られ、その結果、賃金の低下を含む

労働条件の変更をせざるを得ない事態となることがあることはいうまでもなく、

そのような就業規則の変更も、やむを得ない合理的なものとして

その効力を認めるべきときもあり得るところである。

 

特に、当該企業の存続自体が危ぶまれたり、

経営危機による雇用調整が予想されるなどといった状況にあるときは、

労働条件の変更による人件費抑制の必要性が極度に高い上、

労働者の被る不利益という観点からみても、

失職したときのことを思えばなお受忍すべきものと

判断せざるを得ないことがあるので、各事情の総合考慮の結果次第では、

変更の合理性があると評価することができる場合があるといわなければならない。

 

しかしながら、本件では、前示のとおり、

本件就業規則等変更を行う経営上の高度の必要性が認められるとはいっても、

賃金体系の変更は、中堅層の労働条件の改善をする代わり

五五歳以降の賃金水準を大幅に引き下げたものであって、

差し迫った必要性に基づく総賃金コストの大幅な削減を図ったものなどではなく、

右のような場合に当たらないことは明らかである。

 

そうすると、以上に検討したところからすれば、

専任職制度の導入に伴う本件就業規則等変更は、

それによる賃金に対する影響の面からみれば、

上告人らのような高年層の行員に対しては、

専ら大きな不利益のみを与えるものであって、

他の諸事情を勘案しても、変更に同意しない上告人らに対し

これを法的に受忍させることもやむを得ない程度の

高度の必要性に基づいた合理的な内容のものであるということはできない。

 

したがって、本件就業規則等変更のうち賃金減額の効果を有する部分は、

上告人らにその効力を及ぼすことができないというべきである。

 

(二) 右によれば、業績給の削減並びに

役職手当及び管理職手当の不支給

(専任職手当で補てんされている部分は除く。)は、

本件就業規則等変更による賃金の減額分であって、

右減額分の支払を求める上告人らの請求には理由がある。

 

五五歳に到達した時点以降における賃金の昇給額については、

本件就業規則等変更がなければ当該額を支給されたと

認められる額の限度でのみ、また、賞与については、

本件就業規則等変更により賃金が削減された結果

賞与支給額が減額されたと認められる額の限度でのみ、

その支払を求める上告人らの請求には理由がある。

 

・全文はこちら(裁判所ホームページの本裁判のページ)

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