医師の注意義務

(平成16年9月7日最高裁)

事件番号  平成13(受)164

 

この裁判では、

看護婦から点滴により抗生剤の投与を受けた患者が

投与開始直後にアナフィラキシーショックを発症して死亡した場合において

医師にあらかじめ看護婦に対し投与後の経過観察を

十分に行うこと等の指示等をすべき注意義務を怠った過失があるかについて

裁判所が見解を示しました。

 

最高裁判所の見解

前記の事実関係によれば,次のことが明らかである。

 

(1) 本件各薬剤は,いずれもアナフィラキシーショック発症の

原因物質となり得るものであり,本件各薬剤の各能書きには,

使用上の注意事項として,そのことが明記されており,

抗生物質に対し過敏症の既往歴のある患者や,

気管支ぜん息,発しん,じんましん等のアレルギー反応を

起こしやすい体質を有する患者には,特に慎重に投与すること,

投与後の経過観察を十分に行い,

一定の症状が現れた場合には投与を中止して,

適切な処置を執るべきことが記載されている。

 

(2) 乙は,受診の際に提出した前記申告書面及び

Y2による問診において,薬物等にアレルギー反応を

起こしやすい体質である旨の申告をしており,Y2は,

その申告内容を認識していながら,乙に対し,

その申告に係る薬物アレルギーの具体的内容,

その詳細を尋ねることはしなかった。

 

(3) 本件手術後,乙に対しては,抗生剤が継続的に投与されてはいたが,

本件のアナフィラキシーショック発症の原因となった

前記点滴静注において投与された本件各薬剤のうち,

ミノマイシンは初めて投与されたものであり,

ペントシリンは2度目の投与であった。

 

(4) 医学的知見によれば,薬剤が静注により投与された場合に起きる

アナフィラキシーショックは,ほとんどの場合,

投与後5分以内に発症するものとされており,

その病変の進行が急速であることから,

アナフィラキシーショック症状を

引き起こす可能性のある薬剤を投与する場合には,

投与後の経過観察を十分に行い,

その初期症状をいち早く察知することが肝要であり,

発症した場合には,薬剤の投与を直ちに中止するとともに,

できるだけ早期に救急治療を行うことが重要であるとされている。

 

特に,アレルギー性疾患を有する患者の場合には,

薬剤の投与によるアナフィラキシーショックの発症率が高いことから,

格別の注意を払うことが必要とされている。

 

(5) しかるに,Y2は,本件各薬剤を乙に投与するに当たり,

担当の看護婦に対し,投与後の経過観察を

十分に行うようにとの指示をしておらず,

アナフィラキシーショックが発症した場合に

迅速かつ的確な救急処置を執り得るような

医療態勢に関する指示,連絡もしていなかった。

 

そのため,本件各薬剤の点滴静注を行った丙看護婦は,

点滴静注開始後,乙の経過観察を行わないで,

すぐに病室から退出してしまい,その結果,

アナフィラキシーショック発症後,相当の間,

本件薬剤の投与が継続されることとなったほか,

当直医による心臓マッサージが開始されたのは

発症後10分以上が経過した後であり,

気管内挿管が試みられたのは発症後20分以上が経過した後,

アドレナリンが投与されたのは発症から約40分が経過した後であった。

 

以上の諸点に照らすと,Y2が,薬物等に

アレルギー反応を起こしやすい体質である旨の申告をしている乙に対し,

アナフィラキシーショック症状を引き起こす可能性のある

本件各薬剤を新たに投与するに際しては,

Y2には,その発症の可能性があることを予見し,

その発症に備えて,あらかじめ,担当の看護婦に対し,

投与後の経過観察を十分に行うこと等の指示をするほか,

発症後における迅速かつ的確な救急処置を執り得るような

医療態勢に関する指示,連絡をしておくべき注意義務があり,

Y2が,このような指示を何らしないで,

本件各薬剤の投与を担当看護婦に指示したことにつき,

上記注意義務を怠った過失があるというべきである。

 

そうすると,Y2には,上記注意義務を怠った過失があるから,

これと異なる原審の判断には,判決の結論に影響を及ぼすことが

明らかな法令の違反があり,原判決は破棄を免れない。

 

論旨は理由がある。そして,本件については,

上記過失と乙の死亡との間の因果関係の有無等について

更に審理を尽くさせるため,本件を原審に差し戻すこととする。

 

・全文はこちら(裁判所ホームページの本裁判のページ)

判例をわかりやすく解説コーナー


スポンサードリンク