国家賠償法,原子爆弾被爆者の医療等に関する法律

(平成19年11月1日最高裁)

事件番号  平成17(受)1977

 

この裁判は、

国の担当者が,原爆医療法及び原爆特別措置法の解釈を誤り,

被爆者が国外に居住地を移した場合に健康管理手当等の受給権は

失権の取扱いとなる旨定めた通達を作成,発出し,

これに従った取扱いを継続したことが,

国家賠償法1条1項の適用上違法であり,

当該担当者に過失があるとされた事例です。

 

最高裁判所の見解

原爆二法は,これらの法律による各種の援護措置の対象となる

「被爆者」について,原子爆弾が投下された際当時の広島市又は

長崎市の区域内に在った者等であって,

その居住地(居住地を有しないときはその現在地)の

都道府県知事に申請して被爆者健康手帳の

交付を受けた者をいうものと定めているものの,

原爆二法による各種の援護措置を受けるための要件として,

「被爆者」であることに加えて,

その居住地が日本国内にあることまでは要求しておらず,

また,いったん被爆者健康手帳の交付を受けて「被爆者」たる地位を取得し,

更に都道府県知事の支給認定を受けて健康管理手当等の

受給権を取得した「被爆者」が,日本国外に居住地を移した場合に

その受給権を失う旨の規定も置いていない。

 

そうすると,いったん健康管理手当等の受給権を取得した

「被爆者」が日本国外に居住地を移した場合に,

受給権が失権するものとした402号通達の失権取扱いの定めは,

原爆二法の解釈を誤る違法なものであったといわざるを得ない。

 

したがって,402号通達の失権取扱いの定めは,

原爆二法を統合する形で制定された被爆者援護法にも反することは明らかである。

 

もっとも,上告人の担当者の発出した通達の定めが

法の解釈を誤る違法なものであったとしても,

そのことから直ちに同通達を発出し,

これに従った取扱いを継続した上告人の担当者の行為に

国家賠償法1条1項にいう違法があったと評価されることにはならず,

上告人の担当者が職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく

漫然と上記行為をしたと認められるような事情がある場合に限り,

上記の評価がされることになるものと解するのが相当である

(最高裁昭和53年(オ)第1240号同60年11月21日

第一小法廷判決・民集39巻7号1512頁,

最高裁平成元年(オ)第930号,

第1093号同5年3月11日第一小法廷判決・

民集47巻4号2863頁参照)。

 

しかし,402号通達は,被爆者について

いったん具体的な法律上の権利として発生した

健康管理手当等の受給権について失権の取扱いをするという

重大な結果を伴う定めを内容とするものである。

 

このことからすれば,一般に,通達は,行政上の取扱いの

統一性を確保するために上級行政機関が下級行政機関に対して

発する法解釈の基準であって,

国民に対して直接の法的拘束力を有するものではないにしても,

原爆三法の統一的な解釈,運用について直接の権限と

責任を有する上級行政機関たる上告人の担当者が

上記のような重大な結果を伴う通達を発出し,

これに従った取扱いを継続するに当たっては,

その内容が原爆三法の規定の内容と整合する適法なものといえるか否かについて,

相当程度に慎重な検討を行うべき職務上の注意義務が存したものというべきである。

 

昭和32年に制定された原爆医療法には,

同法によって「被爆者」たる地位を付与され,

あるいは,同法による援護措置を受けるための資格要件として,

日本国内に居住地を有することを要する旨の明文の規定は置かれていない。

 

しかし,「被爆者」に対して健康診断等の健康管理を実施する機関を

「都道府県知事」と定めるなど,「被爆者」の居住地あるいは

現在地が継続して日本国内にあることを前提としたものと

解する余地のある規定が置かれており,同法の定める援護措置も,

日本国内にある指定医療機関での医療の給付等に限られていた。

 

さらに,昭和43年に制定された原爆特別措置法では,

援護措置として各種手当等の支給の制度が新たに設けられたものの,

これらの手当等の支給を実施する機関は都道府県知事とされ,

手当を受給する「被爆者」の都道府県知事に対する

届出等に関する規定が置かれるとともに,

健康管理手当等の支給要件としていわゆる所得制限規定が置かれていた。

 

これらの原爆二法の規定等を根拠に,上告人の担当者は,

一貫して,原爆二法は日本国内に居住関係を有する被爆者に対してのみ

適用されるものであって,日本国外に居住する在外被爆者に対しては

これらの法律の適用はないものとする解釈を採り,

国会審議の場においても厚生大臣及び上告人の担当者が

そのような法解釈を示してきていたのに対して,

特段の異論が述べられることもなかったことがうかがわれる。

 

これらの事実関係からすれば,上告人の担当者が,

原爆二法について,当初,日本国外に居住する在外被爆者に対しては

その適用はないものとする解釈の下にその運用を行ってきたことにも,

それなりの根拠があったものと考えられ,しかも,

上告人の担当者において,このような法解釈が原爆二法の規定の

客観的に正しい解釈と整合する適法なものといえるか否かについて,

改めて検討を行うことを迫られるような機会が

あったものとも認められないところである。

 

そうすると,昭和49年の402号通達発出の前の段階では,

上告人の担当者が,日本国外に居住する在外被爆者に対しては,

そもそも原爆二法の適用がないものとする

法解釈の下にその運用を行ってきたことをもって,

その職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく

漫然と違法な運用を行っていたものとまでいうことは困難というべきである。

 

しかし,その後,昭和49年3月に,孫振斗訴訟の第1審判決において,

前記のような原爆医療法の規定等からして,

同法が適用されるための要件として被爆者が

日本国内に居住関係を有することが要求されているものと解することはできず,

 

したがって,日本国内に不法入国した在韓被爆者についても

同法の適用があるとする司法判断が示された。

 

これを受けて,上告人の担当者の側でも,同年7月ころには,

在外被爆者については原爆二法の適用を

一切認めず被爆者健康手帳の交付を行わないものとしてきた

それまでの取扱いを改め,治療目的で適法に日本国内に入国し

1か月以上滞在している者については,

日本国内に居住関係を有するものとして,

原爆二法の適用を認め,被爆者健康手帳を交付し,

健康管理手当等の支給要件に該当すれば

支給認定をするという取扱いを採用するに至っていた。

 

402号通達は,このような状況の下で,

昭和49年法律第86号による原爆二法の

一部改正等の機会に同年7月22日付けで発出されたものであり,

昭和49年厚生省令第27号による原爆特別措置法施行規則の改正に

関連させる形で失権の取扱いを定めたものであるところ,

上記規則改正の内容は,原爆特別措置法に定める

健康管理手当等の受給権者が都道府県の区域を越えて

居住地を移した場合に,手当の支給が都道府県知事を通じて

行われる仕組みになっていること等を理由に受給権を

いったん失権するものとしていた従前の取扱いを改めて,

そのような事由によっては受給権は失権しないこととするものであった。

 

これらの事実関係からすれば,402号通達発出の時点で,

上告人の担当者は,それまで上告人が採ってきた

原爆二法が在外被爆者にはおよそ適用されないなどとする解釈及び運用が,

法の客観的な解釈として正当なものといえるか否かを改めて

検討する必要に迫られることとなり,現にその検討を行った結果として,

在外被爆者について原爆二法の適用を一切認めず

被爆者健康手帳の交付を行わないものとしていたそれまでの取扱いや,

健康管理手当等の受給権者が都道府県の区域を越えて

居住地を移した場合に受給権が

いったん失権するものとしていた従前の取扱いが,

法律上の根拠を欠く違法な取扱いであることを

認識するに至ったものと考えられるところである。

 

そもそも,年金,手当,医療費等の給付に関する制度には多くのものがあり,

その中には,日本国内に住所や居住地を有することが

手当等の支給要件とされているものが少なくないが,

そのような場合には,日本国内に住所等を有することが

手当等の支給要件であることが法文に明記されたり,

日本国内に住所等を有しなくなった場合には

手当等の受給権を失うこととなる旨が法文に明記されるのが

通例であると考えられるところである

(国民健康保険法,国民年金法,児童扶養手当法,

特別児童扶養手当等の支給に関する法律など)。

 

ところが,原爆二法には,被爆者が日本国内に

居住地を有することがそれらの法律の適用の要件となる旨を定めた明文の規定が

存在しないばかりか,法の定めるところによって

いったん「被爆者」について発生した各種手当の受給権が,

「被爆者」が日本国外に居住地を移すことによって

失われる旨を定めた明文の規定も存在しないのである。

 

にもかかわらず,402号通達発出当時,

上告人の担当者は,そもそも在外被爆者に対しては

これらの法律が適用されないものとする従前の解釈を改め,

一定の要件の下で在外被爆者が各種手当の受給権を

取得することがあり得ることを認めるに至りながらも,なお,

現実にこれらの手当の受給権が発生した後になって,

「被爆者」が日本国外に居住地を移したという

法律に明記されていない事由によって,

その権利が失われることになるという法解釈の下に,

402号通達を発出したこととなるのである。このよ

 

うな法解釈は,原爆二法が社会保障法としての性格も

有することを考慮してもなお,年金や手当等の支給に関する

他の制度に関する法の定めとの整合性等の観点からして,

その正当性が疑問とされざるを得ないものであったというべきであり,

このことは,前記のとおり,402号通達の発出の段階において,

原爆二法の統一的な解釈,運用について直接の権限と

責任を有する上級行政機関たる上告人の担当者が,

それまで上告人が採ってきたこれらの法律の解釈及び運用が

法の客観的な解釈として正当なものといえるか否かを改めて

検討することとなった機会に,

その職務上通常尽くすべき注意義務を尽くしていれば,

当然に認識することが可能であったものというべきである。

 

そうすると,上告人の担当者が,

原爆二法の解釈を誤る違法な内容の402号通達を発出したことは,

国家賠償法上も違法の評価を免れないものといわざるを得ない。

 

そして,上告人の担当者が,

このような違法な402号通達に従った失権取扱いを継続したことも,

同様に,国家賠償法上違法というべきである。

 

以上によれば,402号通達を作成,発出し,また,

これに従った失権取扱いを継続した上告人の担当者の行為は,

公務員の職務上の注意義務に違反するものとして,

国家賠償法1条1項の適用上違法なものであり,

当該担当者に過失があることも明らかであって,

上告人には,上記行為によって原告らが

被った損害を賠償すべき責任があるというべきである。

 

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