国籍法2条3号にいう「父母がともに知れないとき」の意義

(平成7年1月27日最高裁)

事件番号  平成6(行ツ)71

 

最高裁判所の見解

1 国籍法(以下「法」という。)は、

出生の時に父又は母が日本国民であるとき、

又は出生前に死亡した父が死亡の時に日本国民であったときに、

その子は日本国民とすることとしているが(二条一号、二号)、

日本で生まれた子の父母がともに知れないとき、

又は国籍を有しないときも、

その子を日本国民とするものとしている(同条三号)。

 

これは、父母の国籍によって

子の国籍の取得を認めるという原則を貫くと、

右のような子は無国籍となってしまうので、

できる限り無国籍者の発生を防止するため、

日本で生まれた右のような子に日本国籍の取得を認めたものである。

 

そうすると、法二条三号にいう「父母がともに知れないとき」とは、

父及び母のいずれもが特定されないときをいい、

ある者が父又は母である可能性が高くても、

これを特定するには至らないときも、

右の要件に当たるものと解すべきである。

 

なぜなら、ある者が父又は母である可能性が高いというだけでは、

なおその者の国籍を前提として子の国籍を定めることはできず、

その者が特定されて初めて、

その者の国籍に基づいて子の国籍を決定することができるからである。

 

2 法二条三号の「父母がともに知れないとき」という

要件に当たる事実が存在することの立証責任は、

国籍の取得を主張する者が負うと解するのが相当であるが、

出生時の状況等その者の父母に関する諸般の事情により、

社会通念上、父及び母がだれであるかを

特定することができないと判断される状況にあることを立証すれば、

「父母がともに知れない」という要件に当たると

一応認定できるものと解すべきである。

そして、右1に述べおこれを特定するには至らないときも、

法二条三号の要件に当たると解すべきであることからすると、

国籍の取得を争う者が、反証によって、

ある者がその子の父又は母である可能性が

高いことをうかがわせる事情が存在することを立証しただけで、

その者がその子の父又は母であると特定するには至らない場合には、

なお右認定を覆すことはできないものというべきである。

 

3 原審の適法に確定した前記事実関係によれば、

上告人の母親は、氏名や誕生日を述べてはいたが、

それが真実であるかどうかを確認することができるような手掛かりはなく、

上告人を出産した数日後に行方不明となったというのであるから、

社会通念上、上告人の母がだれであるかを特定することができないような

状況にあるものということができる。

 

これに対して、被上告人は、上告人の母とE本人とが

同一人である可能性がある事情を立証している。

 

しかし、上告人の母が述べた生年とE本人の生年には五年の開きがあること、

入院証書及び「孤児養子縁組並びに移民譲渡証明書」と題する

書面に記載された上告人の母の氏名のつづりは、

フィリピンにおいて届け出られたE本人の氏名のつづりや、

入国記録カードに記載された署名のつづりと異なっていること、

E本人が我が国に入国してから上告人の母の入院までには

約三年が経過しているにもかかわらず、上告人の母は、

片言の英語と身振りのみで意思を伝えていたことなど、

上告人の母とE本人との同一性について

疑いを抱かせるような事情が存在することも、

原審の適法に確定するところである。

 

原審も、右の可能性の程度を超えて、

E本人が上告人を出産した母であると

特定されるに至ったとまで判断しているわけではない。

 

そうすると、被上告人の立証によっては、

上告人の母が知れないという認定を覆すには足りず、

日本で生まれ、その父については何の手掛かりもない上告人は、

法二条三号に基づき、父母がともに知れない者として

日本国籍を取得したものというべきである。

 

四 以上によれば、上告人が

日本国籍を取得したことを否定した原審の判断は、

法二条三号の解釈適用を誤ったものというべきであり、

右違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、

この点をいう論旨は理由があり、その余の論旨について

判断するまでもなく原判決は破棄を免れない。

 

そして、前示説示によれば、これと同趣旨の理由の下に

上告人の請求を認容した第一審判決は、

正当として是認すべきものであるから、

被上告人の控訴を棄却すべきである。

 

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