憲法14条1項,戦傷病者戦没者遺族等援護法附則2項

(平成13年4月5日最高裁)

事件番号  平成10(行ツ)313

 

最高裁判所の見解

1 戦傷病者戦没者遺族等援護法(以下「援護法」という。)は,

軍人軍属等の公務上の負傷若しくは疾病又は死亡に関し,

国家補償の精神に基づき,軍人軍属等であった者又は

これらの者の遺族を援護することを目的として制定されたものであり(1条),

軍人軍属であった者の在職期間内における公務上の負傷又は疾病に対しては,

所定の要件を満たす限りにおいて障害年金等を支給する旨規定しているが,

軍人軍属であった者であって,7条1項に規定する程度の障害の状態になった

日において日本の国籍を有しないか,又は

その日以後昭和27年3月31日以前に日本の国籍を失ったものには

障害年金等を支給しない旨規定し(11条2号),また,

障害年金を受ける権利を有する者が日本の国籍を失ったときは,

当該障害年金を受ける権利は消滅する旨規定し(14条1項2号),

さらに,「戸籍法(昭和22年法律第224号)の適用を受けない者については,

当分の間,この法律を適用しない。」旨規定している(附則2項)。

 

上告人A1及びA2(上告人A3及び同A4の訴訟被承継人。

以下,上告人A1及びA2を「上告人ら」という。)は,

大韓民国籍を有し,日本国に在住する者であるが,

本件は,上告人A1が日本海軍の軍属として,

A2が船舶運営会の運航する船舶の乗組船員として,

いずれも援護法にいう在職期間内に公務上負傷し障害の状態になったので,

援護法に基づき障害年金の請求をしたところ,

厚生大臣が,上告人らは援護法附則2項により援護法の適用を受けついては

平成3年6月7日付けで,A2については同年10月4日付けで,

それぞれ請求を却下する旨の処分(以下「本件各処分」という。)をしたため,

上告人らが本件各処分の取消しを求めた事案であり,論旨は,

援護法附則2項は上告人らいわゆる在日韓国人の

軍人軍属を不当に差別するもので憲法14条1項に違反する,というものである。

 

2 憲法14条1項は,法の下の平等を定めているが,

この規定は,合理的理由のない差別を禁止する趣旨のものであって,

各人に存する経済的,社会的その他種々の事実関係上の差異を理由として

その法的取扱いに区別を設けることは,

その区別が合理性を有する限り,何らこの規定に違反するものでないことは,

当裁判所の判例の趣旨とするところである

(最高裁昭和37年(あ)第927号同39年11月18日大法廷判決・

刑集18巻9号579頁,最高裁昭和37年(オ)第1472号

同39年5月27日大法廷判決・民集18巻4号676頁等参照)。

 

ところで,我が国は,昭和27年4月28日に発効した

日本国との平和条約(以下「平和条約」という。)により,

朝鮮の独立を承認して,済州島,巨文島及び欝陵島を含む

朝鮮に対するすべての権利,権原及び請求権を放棄し(2条),

これらの地域の施政を行っている当局及び

そこの住民の日本国における財産並びに日本国及び

その国民に対するこれらの当局及び住民の請求権(債権を含む。)の処理は,

日本国とこれらの当局との間の特別取極の主題とするものとされた(4条)。

 

そして,平和条約の発効により,それまで日本の国内法上で朝鮮人としての

法的地位を有していた人すなわち朝鮮戸籍令の適用を受け

朝鮮戸籍に登載されるべき地位にあった人は,

朝鮮国籍を取得し,日本国籍を喪失したものと解される

(最高裁昭和30年(オ)第890号同36年4月5日大法廷判決・

民集15巻4号657頁,最高裁昭和38年(オ)第1343号

同40年6月4日第二小法廷判決・民集19巻4号898頁参照)。

 

平和条約発効直後の昭和27年4月30日に援護法が公布施行され,

同月1日にさかのぼって適用されたが,前記のとおり,

援護法上,援護対象者は日本国籍を有する者に限定され,

日本国籍の喪失をもって権利消滅事由と定められるとともに,

援護法附則2項が設けられた。その趣旨は,援護法制定当時,

それまで日本の国内法上で朝鮮人及び台湾人としての

法的地位を有していた人の国籍の帰属が分明でなかったことなどから,

これらの人々に援護法の適用がないことを

明らかにすることにあったものと解される。

 

以上の経緯に照らせば,それまで日本の国内法上で

朝鮮人としての法的地位を有していた軍人軍属が

援護法の適用から除外されたのは,

これらの人々の請求権の処理は平和条約により

日本国政府と朝鮮の施政当局との特別取極の主題とされたことから,

上記軍人軍属に対する補償問題もまた両政府間の外交交渉によって

解決されることが予定されたことに基づくものと解されるのであり,

そのことには十分な合理的根拠があるものというべきである。

 

したがって,援護法附則2項により,

日本の国籍を有する軍人軍属と平和条約の発効により

日本の国籍を喪失し朝鮮国籍を取得することとなった

軍人軍属との間に区別が生じたとしても,

それは以上のような根拠に基づくものである以上,

援護法附則2項は,憲法14条1項に

関する前記各大法廷判決の趣旨に徴して

同項に違反するものとはいえない

(最高裁昭和60年(オ)第1427号平成4年4月28日

第三小法廷判決・裁判集民事164号295頁参照)。

 

3 日本国と大韓民国との間において,

平和条約に基づく特別取極に相当するものとして,

昭和40年6月22日,財産及び請求権に関する問題の解決並びに

経済協力に関する日本国と大韓民国との間の協定

(昭和40年条約第27号。以下「日韓請求権協定」という。)が締結された。

 

そして,その2条1項において,両締約国及び

その国民の財産,権利及び利益並びに両締約国及び

その国民の間の請求権に関する問題が,平和条約4条(a)に

規定されたものを含めて,完全かつ最終的に

解決されたこととなることが確認された。

 

また,日韓請求権協定2条3項において,

同条2項の規定に従うことを条件として,

一方の締約国及びその国民の財産,権利及び利益であって

この協定の署名の日に他方の締約国の

管轄の下にあるものに対する措置並びに

一方の締約国及びその国民の他方の締約国及び

その国民に対するすべての請求権であって

同日以前に生じた事由に基づくものに関しては,

いかなる主張もすることができないものとする旨規定された。

 

他方で,同条2項(a)において,この協定は,

一方の締約国の国民で1947年8月15日から

この協定の署名の日までの間に他方の締約国に

居住したことがあるものの財産,権利及び利益に

影響を及ぼすものではない旨規定された。

 

なお,財産及び請求権に関する問題の解決並びに

経済協力に関する日本国と大韓民国との間の協定についての

合意された議事録(以下「合意議事録」という。)には,

日韓請求権協定2条に関し,「財産,権利及び利益」とは,

法律上の根拠に基づき財産的価値を認められる

すべての種類の実体的権利をいうことが

了解された旨記載されている。

 

日韓請求権協定の締結後,日本国政府は,

同協定2条2項(a)に該当する

在日韓国人の軍人軍属の補償請求については,

これらの人々が援護法の適用から除外されている以上,

法律上の根拠を有する実体的権利ではないから,

同項にいう「財産,権利及び利益」には当たらず,

同条3項により大韓民国政府の外交保護権は放棄されており,

同協定により解決済みであるとの立場をとり,他方で,

大韓民国政府は,在日韓国人戦傷者の補償請求権は

日韓請求権協定の解決対象には含まれておらず,

同協定2条2項(a)にいう「財産,権利及び利益」に

該当するものと解釈しており,同項(a)に

該当する在日韓国人の軍人軍属については,

大韓民国の国内法による補償の対象から除外した。

 

そのため,これらの在日韓国人の軍人軍属は,

その公務上の負傷又は疾病等につき日本国からも

大韓民国からも何らの補償もされないまま推移した。

 

その結果として,日本人の軍人軍属と在日韓国人の軍人軍属との間に

公務上の負傷又は疾病等に対する補償につき

差別状態が生じていたことは否めない。

 

上記のとおり援護法附則2項が援護法の制定当時においては

十分な合理的根拠を有していたとしても,

日韓請求権協定の締結後,上記のような差別状態が

生じていたにもかかわらず,立法府が在日韓国人の軍人軍属に対して

援護の措置を講ずることなく援護法附則2項を存置してきたことについては,

そのことが憲法14条1項に違反しないか否かが

更に検討されなければならない。

 

ところで,軍人軍属等の公務上の負傷若しくは

疾病又は死亡のような戦争犠牲ないし戦争損害に対する補償は,

憲法の予想しないところというべきであり,

その補償の要否及び在り方は,

事柄の性質上,財政,経済,社会政策等の

国政全般にわたった総合的政策判断を待って

初めて決し得るものであって,これについては,

国家財政,社会経済,戦争によって国民が被った

被害の内容,程度等に関する資料を基礎とする

立法府の裁量的判断にゆだねられたものと解される

(最高裁昭和40年(オ)第417号同43年11月27日大法廷判決・

民集22巻12号2808頁,最高裁昭和58年(オ)第1337号

同62年6月26日第二小法廷判決・裁判集民事151号147頁,

最高裁平成5年(オ)第1751号同9年3月13日第一小法廷判決・

民集51巻3号1233頁参照)。

 

また,以上のような日韓請求権協定の締結後の経過や

国際情勢の推移等にかんがみると,

援護法附則2項を廃止することをも含めて

在日韓国人の軍人軍属に対して援護の措置を講ずることとするか否かは,

大韓民国やその他の国々との間の高度な政治,

外交上の問題でもあるということができ,その決定に当たっては,

変動する国際情勢,国内の政治的又は社会的諸事情等をも

踏まえた複雑かつ高度に政策的な考慮と判断が

要求されるところといわなければならない。

 

これらのことからすれば,日韓請求権協定の締結後,

上告人らを含む在日韓国人の軍人軍属に対して

援護の措置を講ずることなく援護法附則2項を存置したことは,

いまだ上記のような複雑かつ高度に政策的な考慮と判断の上に

立って行使されるべき立法府の裁量の範囲を

著しく逸脱したものとまでいうことはできず,

本件各処分当時において憲法14条1項に

違反するに至っていたものとすることはできない。

 

ちなみに,本件各処分後,平和条約国籍離脱者等である

戦没者遺族等に対する弔慰金等の支給に関する法律

(平成12年法律第114号)が制定され,

援護法とは基本的立法趣旨を異にするものの,

人道的精神に基づき,在日韓国人ら平和条約国籍離脱者等である

戦没者等遺族及び重度戦傷病者遺族に対し,

死亡した者1人につき弔慰金260万円を支給し,また,

平和条約国籍離脱者等である重度戦傷病者に対し,

1人につき見舞金200万円及び

重度戦傷病者老後生活設計支援特別給付金200万円を

支給するものとされたところである。

 

・全文はこちら(裁判所ホームページの本裁判のページ)

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