日本国政府と中華人民共和国政府の共同声明

(平成19年4月27日最高裁)

事件番号  平成17(受)1735

 

この裁判では、

「日本国政府と中華人民共和国政府の共同声明」5項と

日中戦争の遂行中に生じた中華人民共和国の国民の日本国又は

その国民若しくは法人に対する請求権の帰すうについて

裁判所が見解を示しました。

 

最高裁判所の見解

日中共同声明5項による請求権放棄について

(1) 日中共同声明5項は,

「中華人民共和国政府は,中日両国国民の友好のために,

日本国に対する戦争賠償の請求を放棄することを宣言する。」と

述べるものであり,その文言を見る限りにおいては,

放棄の対象となる「請求」の主体が明示されておらず,

国家間のいわゆる戦争賠償のほかに

請求権の処理を含む趣旨かどうか,また,

請求権の処理を含むとしても,中華人民共和国の国民が

個人として有する請求権の放棄を含む趣旨かどうかが,

必ずしも明らかとはいえない。

 

(2) しかしながら,公表されている

日中国交正常化交渉の公式記録や関係者の

回顧録等に基づく考証を経て今日では公知の事実となっている

交渉経緯等を踏まえて考えた場合,以下のとおり,

日中共同声明は,平和条約の実質を有するものと解すべきであり,

日中共同声明において,戦争賠償及び請求権の処理について,

サンフランシスコ平和条約の枠組みと異なる取決めが

されたものと解することはできないというべきである。

 

ア 中華人民共和国政府は,日中国交正常化交渉に当たり,

「復交三原則」に基づく処理を主張した。

 

この復交三原則とは,

①中華人民共和国政府が中国を代表する

唯一の合法政府であること,

②台湾は中華人民共和国の領土の不可分の一部であること,

③日華平和条約は不法,無効であり,

廃棄されなければならないことをいうものである。

 

中華人民共和国政府としては,このような考え方に立脚した場合,

日中戦争の講和はいまだ成立していないことになるため,

日中共同声明には平和条約としての意味を持たせる必要があり,

戦争の終結宣言や戦争賠償及び請求権の処理が不可欠であった。

 

これに対し,日本国政府は,

中華民国政府を中国の正統政府として承認して

日華平和条約を締結したという経緯から,

同条約を将来に向かって終了させることはともかく,

日中戦争の終結,戦争賠償及び請求権の処理といった事項に関しては,

形式的には日華平和条約によって解決済みという

前提に立たざるを得なかった

(日華平和条約による戦争賠償及び請求権の処理の条項が

中国大陸に適用されると断定することができないことは

上記のとおりであるが,当時日本国政府は

そのような見解を採用していなかった。)。

 

イ 日中国交正常化交渉において,

中華人民共和国政府と日本国政府は,

いずれも以上のような異なる前提で交渉に

臨まざるを得ない立場にあることを十分認識しつつ,

結果として,いずれの立場からも矛盾なく

日中戦争の戦後処理が行われることを意図して,

共同声明の表現が模索され,その結果,日中共同声明前文において,

日本国側が中華人民共和国政府の提起した復交三原則を

「十分理解する立場」に立つ旨が述べられた。

 

そして,日中共同声明1項の「日本国と中華人民共和国との間の

これまでの不正常な状態は,

この共同声明が発出される日に終了する。」という表現は,

中国側からすれば日中戦争の終了宣言と解釈できるものであり,他方,

日本国側からは,中華人民共和国政府と国交がなかった状態が

これにより解消されたという意味に

解釈し得るものとして採用されたものであった。

 

ウ 以上のような日中国交正常化交渉の経緯に照らすと,

中華人民共和国政府は,日中共同声明5項を,

戦争賠償のみならず請求権の処理も含めてすべての戦後処理を行った

創設的な規定ととらえていることは明らかであり,また,

日本国政府としても,戦争賠償及び請求権の処理は

日華平和条約によって解決済みであるとの考えは維持しつつも,

中華人民共和国政府との間でも実質的に

同条約と同じ帰結となる処理がされたことを

確認する意味を持つものとの理解に立って,

その表現について合意したものと解される。

 

以上のような経緯を経て発出された日中共同声明は,

中華人民共和国政府はもちろん,日本国政府にとっても

平和条約の実質を有するものにほかならないというべきである。

 

そして,前記のとおり,サンフランシスコ平和条約の枠組みは

平和条約の目的を達成するために重要な意義を有していたのであり,

サンフランシスコ平和条約の枠組みを外れて,

請求権の処理を未定のまま跡もない。

 

したがって,日中共同声明5項の文言上,

「請求」の主体として個人を明示していないからといって,

サンフランシスコ平和条約の枠組みと異なる処理が

行われたものと解することはできない。

 

エ 以上によれば,日中共同声明は,

サンフランシスコ平和条約の枠組みと異なる趣旨のものではなく,

請求権の処理については,個人の請求権を含め,

戦争の遂行中に生じたすべての請求権を

相互に放棄することを明らかにしたものというべきである。

 

(3) 上記のような日中共同声明5項の解釈を前提に,

その法規範性及び法的効力について検討する。

 

まず,日中共同声明は,我が国において

条約としての取扱いはされておらず,

国会の批准も経ていないものであることから,

その国際法上の法規範性が問題となり得る。

 

しかし,中華人民共和国が,これを創設的な

国際法規範として認識していたことは明らかであり,

少なくとも同国側の一方的な宣言としての

法規範性を肯定し得るものである。

 

さらに,国際法上条約としての性格を有することが

明らかな日中平和友好条約において,

日中共同声明に示された諸原則を

厳格に遵守する旨が確認されたことにより,

日中共同声明5項の内容が日本国においても条約としての

法規範性を獲得したというべきであり,いずれにせよ,

その国際法上の法規範性が認められることは明らかである。

 

そして,前記のとおり,

サンフランシスコ平和条約の枠組みにおいては,

請求権の放棄とは,請求権に基づいて

裁判上訴求する権能を失わせることを意味するのであるから,

その内容を具体化するための国内法上の措置は必要とせず,

日中共同声明5項が定める請求権の放棄も,

同様に国内法的な効力が認められるというべきである。

 

(4) 以上のとおりであるから,

日中戦争の遂行中に生じた中華人民共和国の国民の日本国又は

その国民若しくは法人に対する請求権は,日中共同声明5項によって,

裁判上訴求する権能を失ったというべきであり,

そのような請求権に基づく裁判上の請求に対し,

同項に基づく請求権放棄の抗弁が主張されたときは,

当該請求は棄却を免れないこととなる。

 

・全文はこちら(裁判所ホームページの本裁判のページ)

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