市立中学校の生徒が課外クラブ活動としての柔道部の回し乱取り練習中に負傷した事故について顧問教諭に指導上の過失がないとされた事例

(平成9年9月4日最高裁)

事件番号  平成6(オ)1237

 

最高裁判所の見解

1 技能を競い合う格闘技である柔道には、

本来的に一定の危険が内在しているから、

学校教育としての柔道の指導、特に、

心身共に未発達な中学校の生徒に対する柔道の指導にあっては、

その指導に当たる者は、柔道の試合又は練習によって

生ずるおそれのある危険から生徒を保護するために、

常に安全面に十分な配慮をし、事故の発生を未然に防止すべき

一般的な注意義務を負うものである。

 

そして、このことは、本件のD中学校柔道部における活動のように、

教育課程に位置付けられてはいないが、

学校の教育活動の一環として行われる課外のクラブ活動(いわゆる部活動)についても、

異なるところはないものというべきである。

 

2 前記一の事実関係によれば、

Eが被上告人B1にかけた大外刈りは、

中学校の体育実技の一年次において学習することになっている

基本的な投げ技であるが、確実に後ろ受け身をしないと

後頭部を打つ危険があるから、大外刈りを含む技を

自由にかけ合う乱取り練習に参加させるには、

初心者に十分受け身を習得させる必要がある。

 

そして、乱取り練習においては、勝負にこだわって

試合と同じように行う傾向があることは、

前記「柔道指導の手引」も指摘するところであり、

殊に、対外試合を直前に控えた回し乱取り練習において

正選手が試合に準じた練習態度を執りやすいことは、

容易に推察することができる。

 

したがって、指導教諭としては、

一般に体力、技能の劣る中学生の初心者を回し

乱取り練習に参加させるについては、

特に慎重な配慮が求められるところであり、

有段者から大外刈りなどの技をかけられても

対応し得るだけの受け身を習得しているかどうかを

よく見極めなければならないものというべきである。

 

3 これを本件についてみるに、

前記一の事実関係によれば、被上告人B1は、

昭和六二年四月の仮入部の時から、

F教諭の指導の下に受け身の基礎練習を行い、

その後の練習においても毎日受け身の練習をし、

本件事故までに、約三箇月の受け身の練習期間を経ており、

F教諭は、乱取り練習に進む前には、

自ら生徒に技をかけてみて受け身の習得度合いを

確認していたというのであり、

この間のF教諭の指導方法は、「柔道指導の手引」に

照らしても適切なものであったということができる。

 

また、被上告人B1は、同年六月中旬ころから

民間の道場にも通って練習を積み、

F教諭の指導の下に三回ほど対外試合に出場したことがあり、

学校ではEとも数十回にわたって乱取り練習をし、

対外試合前の強化練習としての回し乱取り練習への参加も

既に三回目で、延べ十数日になり、この間、

Eから何回か大外刈りをかけられたことがあったが、

その時は受け身ができていて、特に危険はなかったというのであり、

期間は浅いとはいえ、実戦を含めある程度の経験を重ねてきていたものである。

 

ところで、記録によれば、受け身を習得するのに必要な期間については、

柔道の高段者、指導者の間でも大きく意見が分かれており、

一、二週間で十分とする見解もある反面、二、三箇月は必要で、

いかなる技にも対応可能な受け身を習得するには

三、四箇月を必要とするという見解もあることがうかがわれるが、

以上の事実によれば、被上告人B1は、本件事故当時、

既に、回し乱取り練習に通常必要とされる受け身を

習得していたものと認めるのが相当である。

 

そして、右の被上告人B1の受け身の習得度合いに加えて、

被上告人B1の乱取り練習及び回し乱取り練習の経験の程度、

被上告人B1が既に回し乱取り練習において

Eの練習相手をして特に危険が生じていなかったこと等、

前記の事実にかんがみると、被上告人B1とEとの間に

大きな技能格差が存在することを考慮しても、

指導に当たったF教諭において、

本件事故当時、被上告人B1が、回し乱取り練習で

Eの相手をするのに必要な受け身を習得し、

これを確実に行う技能を有していたと判断したことに、

安全面の配慮に欠けるところがあったとすることはできない。

 

そのほか、本件事故当時、被上告人B1が

特に疲労していたなど事故の発生を予見させる

特別の事情の存在もうかがわれず、したがって、

F教諭が被上告人B1を回し乱取り練習に参加させたことに、

前記1の注意義務違反があるということはできない。

 

4 以上のとおり、本件事故は、柔道の練習における

一連の攻撃、防御の動作の過程で起きた偶発的な事故といわざるを得ない。

本件事故の結果は誠に深刻であるけれども、

これをF教諭の指導上の責任に帰することはできない。

 

四 そうすると、これと異なる原審の判断は、

国家賠償法一条一項の解釈適用を誤ったものであり、

この違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。

 

この趣旨をいう論旨は理由があり、

その余の上告理由について判断するまでもなく、

原判決中、上告人敗訴の部分は破棄を免れない。

 

そして、前記の説示に徴すれば、

被上告人らの本件損害賠償請求は、

債務不履行を理由とする予備的請求を含めて、

すべて理由がないことが明らかであるから、

いずれもこれを棄却すべきものである。

 

したがって、これと結論を同じくする第一審判決は正当であって、

右部分に対する被上告人らの控訴は理由がないから、

これを棄却することとする。

 

・全文はこちら(裁判所ホームページの本裁判のページ)

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