民法415条,民法709条

(平成14年11月8日最高裁)

事件番号  平成12(受)1556

 

最高裁判所の見解

(1) 精神科医は,向精神薬を治療に用いる場合において,

その使用する向精神薬の副作用については,

常にこれを念頭において治療に当たるべきであり,

向精神薬の副作用についての医療上の知見については,

その最新の添付文書を確認し,必要に応じて文献を参照するなど,

当該医師の置かれた状況の下で可能な限りの

最新情報を収集する義務があるというべきである。

 

本件薬剤を治療に用いる精神科医は,本件薬剤が

本件添付文書に記載された本件症候群の副作用を有することや,

本件症候群の症状,原因等を

認識していなければならなかったものというべきである。

 

そして,原審の認定によれば,前記のとおり,

本件症候群は皮膚粘膜の発しん等を伴う多形しん出性紅はん症候群の重症型であり,

その結果として失明に至ることもあること,

その発症の原因としてアレルギー性機序が

働くものと考えられていたことが認められる。

 

また,本件記録によれば,昭和61年3月当時,

これらの知見のほか,薬しんの大半がアレルギー性機序によって

発生するものであることや,アレルギーの関与する種々の類型の薬しんが

相互に移行し合うものであり,例えば,限局型で軽症型の

固定薬しんが急激に進行して汎発型で重症型の本件症候群や

中毒性表皮壊死症型に移行することのあることなどが

一般の医師においても認識可能な医療上の知見であったことがうかがわれる。

 

このことからすると,

本件添付文書に記載された(1)及び(2)の症状は,

相互に独立した無関係な症状とみるべきではなく,

相互に移行可能な症状であって,

(1)の症状から(2)の症状へ移行する可能性があったことがうかがえる。

 

なお,本件添付文書に記載の(1)の症状は,

「過敏症状」として「ときに猩紅熱様・麻疹様・中毒疹様発疹などの

過敏症状があらわれることがある」とするが,文意に照らせば,

「猩紅熱様・麻疹様・中毒疹様発疹」などは直ちに投薬を

中止すべき症状の例示にすぎず,副作用としての

過敏症がそこに掲げられたものに限定される趣旨とは解されない。

 

(2) 本件においては,3月20日に薬剤の副作用と

疑われる発しん等の過敏症状が生じていることを認めたのであるから,

テグレトールによる薬しんのみならず本件薬剤による副作用も疑い,

その投薬の中止を検討すべき義務があった。すなわち,

過敏症状の発生から直ちに本件症候群の発症や失明の結果まで

予見することが可能であったということはできないとしても,

当時の医学的知見において,過敏症状が本件添付文書の(2)に記載された

本件症候群へ移行することが予想し得たものとすれば,

本件医師らは,過敏症状の発生を認めたのであるから,

十分な経過観察を行い,過敏症状又は

皮膚症状の軽快が認められないときは,

本件薬剤の投与を中止して経過を観察するなど,

本件症候群の発生を予見,回避すべき義務を

負っていたものといわなければならない。

 

そうすると,本件薬剤の投与によって上告人に

本件症候群を発症させ失明の結果をもたらしたことについての

本件医師らの過失の有無は,当時の医療上の知見に基づき,

本件薬剤により過敏症状の生じた場合に

本件症候群に移行する可能性の有無,程度,移行を

具体的に予見すべき時期,移行を回避するために

医師の講ずべき措置の内容等を確定し,これらを基礎として,

本件医師らが上記の注意義務に違反したのか否かを

判断して決められなければならない。

 

ところが,原審は,本件添付文書の上記各記載の存在を認定しながら,

上記(1)記載の医療上の知見があったことを軽視し,

上記の点を何ら確定することなく,本件医師らに

本件症候群の発症を回避するための本件薬剤の

投与中止義務違反等はないものと判断し,

本件医師らの過失を否定した。

 

したがって,原判決には,本件薬剤の投与についての

本件医師らの過失に関する法令の解釈適用を誤った結果,

審理不尽の違法があるといわざるを得ず,

この違法は判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。

 

原判決は破棄を免れない。そして,本件については,

以上の説示に従って過失の有無について更に審理を尽くさせるため,

本件を原審に差し戻すこととする。

 

・全文はこちら(裁判所ホームページの本裁判のページ)

判例をわかりやすく解説コーナー


スポンサードリンク