職務命令と憲法19条

(平成23年6月21日最高裁)

事件番号  平成22(行ツ)372

 

この裁判は、

公立高等学校等の校長が教職員に対し卒業式又は入学式において

国旗掲揚の下で国歌斉唱の際に起立することを命じた

職務命令が憲法19条に違反しないとされた事例です。

 

最高裁判所の見解

3(1)ア 上告人らは,卒業式等の式典における

国歌斉唱の際の起立行為を拒否する理由について,

① 「君が代」が天皇制を讃えるための歌であり,

大日本帝国が他国を侵略するに当たり

超国家主義の思想を徹底させる必要から学校教育を通じて

普及させられたものであるという歴史観,

② 「君が代」は皇国史観又は身分差別につながるものとして

現行憲法下では排斥される必要があるという思想を有している旨主張する。

 

上記のような考えは,我が国において

「日の丸」や「君が代」が戦前の軍国主義や

皇国史観等との関係で果たした役割に関わる

上告人ら自身の歴史観ないし世界観及びこれに由来する

社会生活上ないし教育上の信念等ということができる。

 

イ しかしながら,本件各職務命令当時,公立高等制したり,

これに反する思想を持つことを禁止したりするものではなく,

特定の思想の有無について告白することを強要するものともいえず,

生徒に対して一方的な理想や理念を

教え込むことを強制するものとみることもできない。

 

エ そうすると,本件各職務命令は,上記イ及びウの観点において,

個人の思想及び良心の自由を直ちに制約するものと

認めることはできないというべきである。

 

(2) もっとも,学校の卒業式等の式典における

国歌斉唱の際の起立行為は,

教員が日常担当する教科等や日常従事する事務の内容

それ自体には含まれないものであって,

一般的,客観的に見ても,国旗及び国歌に対する

敬意の表明の要素を含む行為であり,

そのように外部から認識されるものであるということができる

(なお,例えば音楽専科の教諭が上記国歌斉唱の際に

ピアノ伴奏をする行為であれば,音楽専科の教諭としての

教科指導に準ずる性質を有するものであって,

敬意の表明としての要素の希薄な行為であり,

そのように外部から認識されるものであるといえる。)。

 

そうすると,自らの歴史観ないし世界観との関係で

否定的な評価の対象となる「日の丸」や「君が代」に対して

敬意を表明することには応じ難いと考える者が,

これらに対する敬意の表明の要素を含む行為を求められることは,

その行為が個人の歴史観ないし世界観に反する

特定の思想の表明に係る行為そのものではないとはいえ,

個人の歴史観ないし世界観に由来する行動(敬意の表明の拒否)と

異なる外部的行動(敬意の表明の要素を含む行為)を求められることとなり,

それが心理的葛藤を生じさせ,ひいては個人の歴史観ないし

世界観に影響を及ぼすものと考えられるのであって,

これを求められる限りにおいて,その者の思想及び良心の自由についての

間接的な制約となる面があることは否定し難い。

 

なお,上告人らは,学校の卒業式等のような式典において

公的機関が参加者に一律の行動を強制することに対する

否定的評価及びこのような行動に自分は参加しては

ならないという信条との関係でも個人の思想及び良心の自由が

侵される旨主張するところ,この点も「君が代」に対する

歴史観ないし世界観と密接に関連するものとして

主張されているのであり,上記の式典において上記のような

外部的行動を求められる場面における

個人の思想及び良心の自由についての

制約の有無は,これを求められる個人の歴史観ないし

世界観との関係における間接的な制約の有無によって

判断されるべき事柄であって,

これとは別途の検討を要するものとは解されない。

 

(3)ア そこで,このような間接的な制約について検討するに,

個人の歴史観ないし世界観には多種多様なものがあり得るのであり,

それが内心にとどまらず,それに由来する行動の実行又は

拒否という外部的行動として現れ,当該外部的行動が

社会一般の規範等と抵触する場面において

制限を受けることがあるところ,

その制限が必要かつ合理的なものである場合には,

その制限を介して生ずる上記の間接的な制約も

許容され得るものというべきである。

 

そして,職務命令においてある行為を求められることが,

個人の歴史観ないし世界観に由来する行動と異なる

外部的行動を求められることとなり,

その限りにおいて,当該職務命令が個人の思想及び良心の自由についての

間接的な制約となる面があると判断される場合にも,

職務命令の目的及び内容には種々のものが想定され,また,

上記の制限を介して生ずる制約の態様等も,

職務命令の対象となる行為の内容及び性質並びに

これが個人の内心に及ぼす影響

その他の諸事情に応じて様々であるといえる。

 

したがって,このような間接的な制約が許容されるか否かは,

職務命令の目的及び内容並びに上記の制限を介して生ずる制約の態様等を

総合的に較量して,当該職務命令に上記の制約を許容し得る程度の必要性及び

合理性が認められるか否かという観点から判断するのが相当である。

 

イ これを本件についてみるに,本件各職務命令に係る

国歌斉唱の際の起立行為は,前記のとおり,

上告人らの歴史観ないし世界観との関係で否定的な評価の対象となるものに対する

敬意の表明の要素を含み,そのように外部から認識されるものであることから,

そのような敬意の表明には応じ難いと考える上告人らにとって,

その歴史観ないし世界観に由来する行動(敬意の表明の拒否)と異なる

外部的行動となり,心理的葛藤を生じさせるものである。

 

この点に照らすと,本件各職務命令は,一般的,客観的な見地からは

式典における慣例上の儀礼的な所作とされる行為を求めるものであり,

それが結果として上記の要素との関係においてその歴史観ないし

世界観に由来する行動との相違を生じさせることとなるという点で,

その限りで上告人らの思想及び良心の自由についての

前記(2)の間接的な制約となる面があるものということができる。

 

他方,学校の卒業式や入学式等という教育上の

特に重要な節目となる儀式的行事においては,

生徒等への配慮を含め,教育上の行事にふさわしい秩序を確保して

式典の円滑な進行を図ることが必要であるといえる。

 

法令等においても,学校教育法は,高等学校教育の目標として

国家の現状と伝統についての正しい理解と国際協調の精神の涵養を掲げ

(同法(平成19年法律第96号による改正前のもの)

42条1号,36条1号,18条2号),

同法(同改正前のもの)43条及び学校教育法施行規則

(平成19年文部科学省令第40号による改正前のもの)57条の2の規定に基づき

高等学校教育の内容及び方法に関する全国的な大綱的基準として定められた

高等学校学習指導要領も,学校の儀式的行事の意義を踏まえて

国旗国歌条項を定めているところであり

(高等部学習指導要領もこれに準ずるものとされている。),また,

国旗及び国歌に関する法律は,従来の慣習を法文化して,

国旗は日章旗(「日の丸」)とし,国歌は「君が代」とする旨を定めている。

 

そして,住民全体の奉仕者として法令等及び上司の職務上の命令に従って

職務を遂行すべきこととされる地方公務員の地位の性質及び

その職務の公共性(憲法15条2項,地方公務員法30条,32条)に鑑み,

公立高等学校等の教職員である上告人らは,法令等及び

職務上の命令に従わなければならない立場にあり,

地方公務員法に基づき,高等学校学習指導要領ないし

高等部学習指導要領に沿った式典の実施の指針を示した

本件通知等を踏まえて,その勤務する当該学校の各校長から

学校行事である卒業式等の式典に関して本件各職務命令を受けたものである。

 

これらの点に照らすと,公立高等学校等の教職員である

上告人らに対して当該学校の卒業式又は入学式という式典における

慣例上の儀礼的な所作として国歌斉唱の際の

起立行為を求めることを内容とする本件各職務命令は,

高等学校教育の目標や卒業式等の儀式的行事の意義,在り方等を定めた

関係法令等の諸規定の趣旨に沿って,地方公務員の地位の性質及び

その職務の公共性を踏まえ,生徒等への配慮を含め,

教育上の行事にふさわしい秩序の確保とともに

当該式典の円滑な進行を図るものであるということができる。

 

以上の諸事情を踏まえると,本件各職務命令については,

前記のように上告人らの思想及び良心の自由についての

間接的な制約となる面はあるものの,職務命令の目的及び

内容並びに上記の制限を介して生ずる制約の態様等を総合的に較量すれば,

上記の制約を許容し得る程度の必要性及び合理性が

認められるものというべきである。

 

(4) 以上の諸点に鑑みると,本件各職務命令は,

上告人らの思想及び良心の自由を侵すものとして

憲法19条に違反するとはいえないと解するのが相当である。

以上は,当裁判所大法廷判決(最高裁昭和28年(オ)

第1241号同31年7月4日大法廷判決・

民集10巻7号785頁,最高裁昭和44年(あ)第1501号

同49年11月6日大法廷判決・刑集28巻9号393頁,

最高裁昭和43年(あ)第1614号同51年5月21日大法廷判決・

刑集30巻5号615頁,最高裁昭和44年(あ)第1275号

同51年5月21日大法廷判決・刑集30巻5号1178頁)

の趣旨に徴して明らかというべきである

(最高裁平成22年(行ツ)第314号同23年6月14日

第三小法廷判決・裁判所時報1533号登載予定,

最高裁平成22年(行ツ)第54号同23年5月30日第二小法廷判決・

裁判所時報1532号2頁,最高裁平成22年(オ)第951号

同23年6月6日第一小法廷判決・裁判所時報1533号登載予定参照)。

 

・全文はこちら(裁判所ホームページの本裁判のページ)

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