裁判官に対する懲戒申立て事件

(平成13年3月30日最高裁)

事件番号  平成13(分)3

 

最高裁判所の見解

(1) 本件は,裁判官である被申立人がその妻の被疑事実について

捜査機関から情報の開示を受けた後にした行為が

裁判所法49条に該当するとして申し立てられた分限事件である。

 

裁判の公正,中立は,裁判ないしは裁判所に対する

国民の信頼の基礎を成すものであり,裁判官は,

公正,中立な審判者として裁判を行うことを職責とする者である。

 

したがって,裁判官は,職務を遂行するに際してはもとより,

職務を離れた私人としての生活においても,

その職責と相いれないような行為をしてはならず,また,

裁判所や裁判官に対する国民の信頼を傷つけることのないように,

慎重に行動すべき義務を負っているものというべきである。

 

このことからすると,裁判官は,一般に,

捜査が相当程度進展している具体的被疑事件について,

その一方当事者である被疑者に加担するような

実質的に弁護活動に当たる行為をすることは,

これを差し控えるべきものといわなければならない。

 

しかし,裁判官も,1人の人間として

社会生活,家庭生活を営む者であるから,

その親族,とりわけ配偶者が犯罪の嫌疑を受けた場合に,

これを支援,擁護する何らの行為もすることができないというのは,

人間としての自然の情からみて厳格にすぎるといわなければならない。

 

法も,司法作用においてそのような親族間の情義に一定の配慮を示し,また,

これが司法作用の制約となり得る場合があることを

認めているところである。例えば,刑事事件について,

刑訴法147条1号は何人も配偶者を含む近親者が刑事訴追を受け又は

有罪判決を受けるおそれのある証言を拒むことができるものとしており,

同法20条2号は裁判官が被告人の親族であるときなどに

職務の執行から除斥されるものとしているし,民事事件についても,

民訴法196条1号が上記と同様の証言拒絶の権利を,

同法23条1項1号,2号が上記と同様の除斥を規定するほか,

同法201条3項は上記の証言拒絶の権利を行使しない証人を

尋問する場合に宣誓をさせないことができるものとしている。

 

これらのことからすると,

裁判官が犯罪の嫌疑を受けた配偶者の支援ないし

擁護をすることは,一定の範囲で許容されるということができる。

 

しかしながら,裁判官が前記の義務を負っていることにかんがみるならば,

それにもおのずから限界があるといわなければならず,

その限界を超え,裁判官の公正,中立に対する国民の信頼を

傷つける行為にまで及ぶことは,許されないというべきである。

 

(2) 前記事実関係を通覧すれば,被申立人は,山下次席検事から,

妻Dに対する被疑事件の捜査が逮捕も可能な程度に進行しているので,

事実を確認し,これを認めたならば示談をするようにとの趣旨で,

捜査情報の開示を受けたのに対し,Dが繰り返し事実を否認したことから,

その嫌疑を晴らすためとみられる一連の行動に出たものであり,

具体的には,前記1(2),(3)のとおり,

同次席検事から提供された捜査情報の内容をも用いて

「〔Dの容疑事実〕ストカー防止法違反」と題する書面等を作成し,

被疑者であるDとその弁護に当たる

甲弁護士とに交付したなどというのである。

 

そして,同書面の記載内容の中には,

捜査機関と被疑者のいずれの側にも立たず中立的な立場において

捜査状況を分析したというのではなく,

被疑者であるDの側に立って,捜査機関の有する証拠や

立論の疑問点,問題点を取り出し,強制捜査や

公訴の提起がされないようにする端緒を見いだすために

記載されたとみられるものが多く含まれている。

 

この被申立人の行為は,その主観的意図はともかく,

客観的にこれをみれば,被疑者である

Dに捜査機関の取調べに対する弁解方法を教示したり,

弁護人である甲弁護士に弁護方針について

示唆を与えるなどの意味を持つものであり,

これにより捜査活動に具体的影響が出ることも

十分に予想されたところである。

 

また,被申立人としても,

この行為がそのような意味を持つものであることを

認識し得たということができる。

 

これらによれば,被申立人は,先に述べたような実質的に

弁護活動に当たる行為をしたといわなければならず,

その結果,裁判官の公正,中立に対する国民の信頼を傷つけ,

ひいては裁判所に対する国民の信頼を傷つけたのである。

 

したがって,被申立人としては,裁判官の立場にある以上,

そのような行為は弁護人にゆだねるべきであったのであり,

被申立人の行為は,妻を支援,擁護するものとして

許容される限界を超えたものというほかはない。

 

以上のとおり,被申立人の上記行為は,

捜査情報の入手が受動的なものであった点や,

妻の無実を晴らしたいという夫としての

心情から出たものとみられる点を考慮しても,

裁判官の職責と相いれず,慎重さを欠いた行為であり,

裁判所法49条に該当するものといわなければならない。

 

・全文はこちら(裁判所ホームページの本裁判のページ)

判例をわかりやすく解説コーナー


スポンサードリンク