市立保育園の保母の業務と同人に発症した頸肩腕症候群との間の因果関係を否定したことが経験則に反するとされた事例

(平成9年11月28日最高裁)

事件番号  平成5(行ツ)85

 

最高裁判所の見解

訴訟上の因果関係の立証は、一点の疑義も許されない自然科学的証明ではなく、

経験則に照らして全証拠を総合検討し、

特定の事実が特定の結果を招来した関係を

是認し得る高度の蓋然性を証明することであり、

その判定は、通常人が疑いを差し挟まない程度に

真実性の確信を持ち得るものであることを必要とし、かつ、

それで足りるものである

(最高裁昭和四八年(オ)第五一七号同五〇年一〇月二四日第二小法廷判決・

民集二九巻九号一四一七頁参照)。

 

これを本件についてみると、前記事実関係によれば、

保母の保育業務は、長時間にわたり同一の動作を反復したり、

同一の姿勢を保持することを強いられるものではなく、

作業ごとに態様は異なるものの、間断なく行われるそれぞれの作業が、

精神的緊張を伴い、肉体的にも疲労度の高いものであり、

乳幼児の抱き上げなどで上肢を使用することが多く、

不自然な姿勢で他律的に上肢、頸肩腕部等の瞬発的な

筋力を要する作業も多いといった態様のものであるから、

上肢、頸肩腕部等にかなりの負担のかかる状態で

行う作業に当たることは明らかというべきである。

 

事実、頸肩腕症候群による労災補償の認定を受けた保母も

相当数いるという状況がある。原判決の説示する

上告人の具体的業務態様をみても、保母一人当たりの園児数等は

児童福祉施設最低基準に違反するものではなく、

通常の保母の業務に比べて格別負担が重かったという

特異な事情があったとまでは認められないとはいえ、

その負担の程度が軽いものということはできない。

 

また、上告人の症状は、長津田保育園で勤務し始めて三年目で、

長女を出産するよりも前である昭和四五年九月に、

肩や背中の痛みといった前駆的症状が現われ、

その後、長女を出産した約一〇箇月後である昭和四七年四月ころから、

慢性的肩凝り、右腕、右肘の筋肉の痛みという形で顕在化した。

 

上告人は、その状態のまま、新設の山手保育園に主任保母として着任し、

同僚のほとんどは新任保母であるという状況の中で

入園式や保育開始準備に集中的に当たり、

その間、一〇日程度の短期間とはいえ、精神的、身体的に

負担が大きかった上、一、二歳児六名を一人で担当することとなり、

このころも肩凝り、腕のだるさ等の自覚症状があったところ、

夏季合同保育期間中であった同年八月に調理員が休暇を取った七日間は、

一日平均約一二・四名分の調理を担当するなどしており、

その調理作業中に右背中に激痛を感じたというのである。

 

そして、その後、同年九月四日にD病院で診察を受けて

頸肩腕症候群と診断され、通院を開始した。

 

上告人は、この間、必ずしも十分な休憩、

休暇を取得することができなかったこともうかがわれる。

 

その後も、同僚保母の長期欠勤のため合同保育に当たるなど、

上告人の業務負担が重くなったことはあっても軽減されることはなく、

上告人の症状も若干の起伏を伴いながら続いた。

 

こうした上告人の症状の推移と業務との対応関係、

業務の性質・内容等に照らして考えると、

上告人の保母としての業務と頸肩腕症候群の発症ないし増悪との間に

因果関係を是認し得る高度の蓋然性を認めるに

足りる事情があるものということができ、

他に明らかにその原因となった要因が認められない以上、

経験則上、この間に因果関係を肯定するのが相当であると解される。

 

上告人の出産、育児、発症部位その他の原判決の説示する事情は、

記録に照らしてこれを検討しても、右の結論を左右するものではない。

 

五 したがって、原判決の説示する理由をもって上告人に発症した

頸肩腕症候群と上告人の保母としての業務との間の因果関係を否定し、

上告人の本件請求を棄却した原審の判断には、

因果関係に関する法則の解釈適用の誤り、

経験則違背、理由不備の違法があるものといわざるを得ず、

この違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。

 

論旨は右の趣旨をいうものとして理由があり、

原判決は破棄を免れない。

 

そして、上告人主張の義務違反、過失の有無等につき

更に審理を尽くす必要があるから、本件を原審に差し戻すこととする。

 

・全文はこちら(裁判所ホームページの本裁判のページ)

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