買主が履行期前にした土地の測量及び履行の催告が民法557条1項にいう履行の着手に当たるか

(平成5年3月16日最高裁)

事件番号  平成1(オ)1004

 

最高裁判所の見解

1 解約手付が交付された場合において、

債務者が履行期前に債務の履行のためにした行為が、

民法五五七条一項にいう「履行ノ著手」に当たるか否かについては、

当該行為の態様、債務の内容、履行期が定められた趣旨・

目的等諸般の事情を総合勘案して決すべきである。

 

そして、「債務に履行期の約定がある場合であっても…

…ただちに、右履行期前には、民法五五七条一項にいう

履行の着手は生じ得ないと解すべきものではない」こと

判例(最高裁昭和三九年(オ)第六九四号同四一年一月二一日第二小法廷判決・

民集二〇巻一号六五頁)であるが、

履行の着手の有無を判定する際には、

履行期が定められた趣旨・目的及び

これとの関連で債務者が履行期前に行った行為の時期等もまた、

右事情の重要な要素として考慮されるべきである。

 

以上に説示するところに従い、本件において

履行期が定められた趣旨・目的、履行の着手に当たるとされる

債務者(被上告人)のした行為の時期及びその態様につき、

以下、順次検討することとする。

 

2 まず、本件において履行期が定められた趣旨・目的について見るのに、

売主Dによる本件土地建物の売却の動機が、

その長男である上告人らと同居するための

新住宅兼店舗地購入代金の調達にあり、

希望物件が見付かれば(その時期はもとより未確定である)、

売主Dは本件売却代金を被上告人より受領して希望物件の

購入代金に充てる必要を生じ、他面、

本件売却代金の受領と同時に本件土地建物を

被上告人に明け渡すことは困難であるので、

そのための猶予期間を置き、ただし、

買主たる被上告人の立場をも考慮して、

買主の代金支払及び売主の本件土地建物明渡しの

約定期限たる昭和六二年一二月二五日をもって

最終履行期とする合意が当事者間に成立した

経緯を知ることができる(なお、以上の約定が、

原判決指摘のように、売主の利益に偏しているといえるか否かについては、

契約時八五〇〇万円の総代金中わずか一〇〇万円をもって

手付金としたこと前記のとおりで、これが買主にとって

有利であったことはいうまでもなく、

解約手付としての倍返しの額が少ないのは、

このような有利性の反面にほかならず、

原判決のいう売主に偏した有利さとのバランスが

手付金の額によって保たれたものといえよう)。

 

3 要するに、最終履行期を昭和六二年一二月二五日とする約定は、

移転先を物色中の売主Dにとっては死活的重要性を持つことが明らかであり、

同六一年三月一日契約締結、最終履行期翌六二年一二月二五日という

異例の取決めの中に、本件売買契約の特異性が集約されているということができ、

被上告人の主張する「履行ノ著手」の時期が、

(一)契約直後の同六一年三月八日の土地測量及び

(二)同年一〇月三〇日到達の書面による口頭の提供が、

最終履行期に先立つこと一年九か月余ないし

一年二か月弱の時期になされたものであることに、

特段の留意を要するのである。

 

4 次に、被上告人がその債務の「履行ノ著手」ありと

主張する行為の態様について見ると、

その(一)は前述の契約直後の土地測量である。

 

実測の結果、地積が三・四四平方メートル増となったが、

実測の結果、公簿面積より地積が減少する場合も

予測されていたことは、契約書七条二項の文面よりして

明らかであるのみならず、この実測及び

その費用(記録によれば一三万八〇〇〇円)の買主負担は、

本件売買契約の内容を確定するために必要であるとはいえ、

買主(被上告人)の売主(D)に対する確定した契約上の

債務の履行に当たらないことは、いうまでもないところである。

 

その(二)は、買主たる被上告人が、

昭和六一年一〇月三〇日到達の書面をもって、

「残代金をいつでも支払える状態にして売主たる

Dに本契約の履行を催告したこと」である。

 

右は、もとより、売買残代金の現実の提供又は

これと同視すべき預金小切手の提供等の類ではなく、

単なる口頭の提供にすぎない。

 

およそ金銭の支払債務の履行につき、

その「著手」ありといい得るためには、

常に金銭の現実の提供又はこれに準ずる

行為を必要とするものではなく、

すでに履行期の到来した事案において、

買主(債務者)が代金支払の用意をした上、

売主(債権者)に対し反対債務の履行を催告したことをもって、

買主の金銭支払債務につき「履行ノ著手」ありといい得る場合の

あることは否定できないとしても、他面、

約定の履行期前において、他に特段の事情がないにもかかわらず、

単に支払の用意ありとして口頭の提供をし相手方の

反対債務の履行の催告をするのみで、

金銭支払債務の「履行ノ著手」ありとするのは、

履行行為としての客観性に欠けるものというほかなく、

その効果を肯認し難い場合のあることは勿論である。

 

5 以上これを要するに、被上告人が「履行ノ著手」ありと主張する、

その(一)土地の測量はその時期及び性質上、

買主たる被上告人の本件売買契約上の確定した

債務の履行に当たらないことが明らかであり、

また、その(二)昭和六一年一〇月三〇日到達の

書面による履行の催告も、最終履行期が翌六二年一二月二五日と定められた

本件の前記認定の事実関係の下においては、

これをもって買主としての残代金支払債務の

「履行の著手」に当たらないことは、

ほとんど疑いを容れないところといわなければならない。

 

四 以上のとおり、本件売買契約において

履行期が定められた趣旨・目的、被上告人の行った行為の時期及び

その態様等に照らすと、被上告人による本件土地の実測及び

Dに対する履行の請求等は、これらを総合してみても、

履行の着手に当たらないものと解すべきところ、

これを肯定した原審の判断には、民法五五七条一項の

解釈適用を誤った違法があり、この違法が判決に

影響を及ぼすことは明らかである。

 

この点の違法をいう論旨は理由があり、

原判決は破棄を免れず、前示事実関係に照らすと、

本件売買契約は有効に解除されたものというべきであり、

被上告人の本件請求は棄却するのが相当である。

 

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