賃借料返還等請求住民訴訟事件

(平成23年12月2日最高裁)

事件番号  平成22(行ヒ)175

 

この裁判は、

市が賃借人として締結した土地賃貸借契約が

その締結の経緯及び内容に照らして

賃貸人に有利なものである場合であっても,

当該契約に基づく市長による賃料の支出が

違法ではないとされた事例です。

 

最高裁判所の見解

(1) 本件において,仮に,本件賃貸借契約を締結した

市の判断に裁量権の範囲の著しい逸脱又はその濫用があり,かつ,

これを無効としなければ地方自治法2条14項,

地方財政法4条1項の趣旨を没却する結果となる

特段の事情が認められるという場合には,

本件賃貸借契約は私法上無効になり,上告人は,

これに基づく賃料としての公金の支出をしてはならないという

財務会計法規上の義務を負うことになるものというべきである

(最高裁平成17年(行ヒ)第304号同20年1月18日

第二小法廷判決・民集62巻1号1頁参照)。

 

そして,上告人は,本件賃貸借契約の締結は

本件開発事業の実施や本件土地の環境保全のために

必要不可欠であったとの趣旨をいうところ,

本件開発事業によって得られる税収入や雇用の増加といった

いわゆる開発利益を実現したり,本件開発事業によって

影響を受ける自然環境を保全したりするために

どの程度の公費を支出するか,

これらの相対立する利益をいかに調整するかといった

事柄に関する判断に当たっては,

住民の福祉の増進を図ることを基本として

地域における行政を自主的かつ総合的に

実施する役割を広く担う地方公共団体

(見地からの裁量が認められるものというべきである。

したがって,本件賃貸借契約を締結した市の判断については,

それがこれらの見地から上記のような事柄に係る

諸般の事情を総合的に勘案した裁量権の行使として

合理性を有するか否かを検討するのが相当である。

 

(2) 前記事実関係等によれば,

旧大安町が本件開発事業の実施を確保するために

本件門前区所有地を任意に取得しようとしたところ,

当初これに反対し売却を拒否していた門前区は,

その後の交渉の結果,代替地として本件土地を要求したものであり,

旧大安町がその要求に応じなければ本件開発事業は

実施することができない状況にあったものといえるし,

旧大安町が上記要求に応じ,門前区が

本件土地を取得するに至った経緯に照らし,

門前区による本件土地の取得に何らかの無効原因が

存在したことをうかがわせる事情もない。

 

また,これにより実施が可能となった本件開発事業によって,

現に相当程度の税収入の増加と雇用の創出が

図られたというのである。

 

そして,前記事実関係等によれば,本件土地は,

本件開発事業に係る土地利用計画において残存緑地として

組み込まれていたのであり,公社の理事長としてのAが

三重県知事との間の自然環境保全協定に基づき

本件開発事業の区域内において本件土地を含む緑地を確保すべき

責務を負っていたことをも併せ考慮すれば,

本件土地の現状を残存緑地として維持し保全することは,

本件開発事業の円滑な継続のために必要であるとともに,

本件土地上に存在する特徴ある陸生植物種が植生する

湿地環境の保全にも資するものということができる。

 

そうすると,上記のとおり本件土地を代替地として

門前区に提供せざるを得なかった以上,

同区の所有に帰した本件土地の現状をできる限り維持し

保全するために本件賃貸借契約を締結し

その賃料として公費を支出することには,

一定の公益性が認められるというべきである。

 

もっとも,本件賃貸借契約は,存続期間を6年間とし,

賃借人である市の側から更新をすることができず,

存続期間中であっても賃貸人から解約の申出ができる内容となっており,

本件土地の現状を長期にわたり残存緑地として

保全する方策としては万全なものとはいい難い点があり,また,

賃料の減額も制限されるなど,かなり門前区に有利なものであった。

 

しかしながら,本件賃貸借契約の締結に際して市が

これらの約定に応じたのは,賃借人の側からの

更新の約定を設けることに応じない門前区が

自ら契約を更新する動機付けとなるに足りる金額の賃料を

支払うことによって事実上その永続的な更新を

確保する趣旨によるものと解され,本件土地の現状の維持及び

保全という観点からは現実的でやむを得ないものであって,

次善の策ともいえ,当該契約の目的に照らして不合理であるとはいえない。

 

さらに,その賃料が特に高額であるといった事情があるともいえない。

 

このほか,門前区が本件ため池の管理を

明治時代以前から行ってきた経緯に加え,

公社が本件開発事業による本件ため池の環境への影響について

継続的に事後調査を行っていることをも併せ考慮すると,

本件賃貸借契約において本件ため池の管理が門前区ないし

門前自治会に委ねられている点も特に不自然であるとまではいえない。

 

以上によれば,本件土地の現状を残存緑地として

維持し保全するために門前区との間で

本件賃貸借契約を締結した市の判断には,

相応の合理性があるというべきであり,

裁量権の範囲の著しい逸脱又はその濫用があるということはできず,

本件賃貸借契約が私法上無効になるものとはいえない。

 

(3) そして,前記事実関係等に照らせば,門前区ないし

門前自治会が本件門前区所有地の存在を奇貨として

旧大安町ないし市に対し権利の濫用に当たるような

著しく不当な要求をしたなどの事情があるとはいえず,

他に,本件賃貸借契約が違法に締結されたものであるとか,

それが著しく合理性を欠くためその締結に予算執行の

適正確保の見地から看過し得ない瑕疵が存するなどといった,

本件賃貸借契約に基づく賃料としての

公金の支出が違法なものになることを

うかがわせる事情(前記第二小法廷判決参照)も存しない。

 

(4) したがって,本件賃貸借契約に基づく市の義務の履行として,

Aが門前区に対する約定の賃料としての

公金の支出命令をしたこと及び上告人が門前区に対する

上記賃料としての公金の支出をすることに,

財務会計法規上の義務に違反する

違法な点はないものというべきである。

 

・全文はこちら(裁判所ホームページの本裁判のページ)

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