軽犯罪法1条2号にいう「正当な理由」の意義及びその存否の判断方法

(平成21年3月26日最高裁)

事件番号  平成20(あ)1518

 

最高裁判所の見解

本件公訴事実は,「被告人は,正当な理由がないのに,

平成19年8月26日午前3時20分ころ,

東京都新宿区西新宿2丁目9番地先路上において,人の生命を害し,

又は人の身体に重大な害を加えるのに使用されるような器具である

催涙スプレー1本をズボンの左前ポケット内に隠して携帯していたものである。」

というものであるところ,第1審判決は,

上記公訴事実どおりの事実を認定した上,

本号を適用して被告人を科料9000円に処し,

原判決もこれを維持した。すなわち,

原判決及びその是認する第1審判決は,

被告人が本件で携帯した催涙スプレー1本

(以下「本件スプレー」という。)が,本号にいう「人の生命を害し,

又は人の身体に重大な害を加えるのに使用されるような器具」に当たり,

被告人はこれをズボンの左前ポケット内に入れていたのであるから,

同号にいう「隠して携帯」

(以下「隠匿携帯」という。)に当たり,かつ,

被告人が同スプレーを隠匿携帯したことにつき,

同号にいう「正当な理由」も認められないと判断した。

 

2 所論は,本件スプレーは,本号にいう

「人の生命を害し,又は人の身体に重大な害を加えるのに使用されるような器具」

に該当せず,また,被告人が,本件当夜,同スプレーを隠匿携帯したことには,

同号にいう「正当な理由」があったと主張する。

 

(1) まず,本件スプレーが,本号にいう「人の生命を害し,

又は人の身体に重大な害を加えるのに使用されるような器具」

に該当するかについて検討する。

 

原判決が是認する第1審判決の認定によれば,

①本件スプレーは,米国の大手専門メーカーが

護身用防犯スプレーとして製造したもので,

内容量約11g,高さ約8㎝の缶入りであり,

その噴射液はCNガス(2-クロロアセトフェノン)を含有し,

屋外でも風に影響されにくく水鉄砲のように

目的物に向かって噴射することが可能なものである,

 

②CNガスは,催涙性が極めて強く,

人間の場合には0.3ppmで眼を刺激し,

皮膚の軟弱部位が発赤し,

高濃度になると結膜炎により失明することがある,

 

③本件スプレーの広告には,「本製品は護身用の製品です。

自己防衛・護身以外の目的で使用しないで下さい。

自己の責任において危険なとき護身用としてのみご使用下さい。

また,正当防衛が認められる範囲内でご使用下さい。」

などの記載があるというのである。

 

上記①②によれば,本件スプレーが,

同③のとおり暴漢等から襲われて身に危険が迫ったときなどに

相手方に向けて噴射し,身を守るために

使用されることを想定した器具であることを考慮してもなお,

本号にいう「人の生命を害し,又は人の身体に

重大な害を加えるのに使用されるような器具」

に該当することは明らかである。

 

(2) 次に,被告人の本件当夜における本件スプレーの隠匿携帯につき,

本号にいう「正当な理由」があったかについて検討する。

 

原判決が是認する第1審判決の認定によれば,

①被告人は,その勤務する会社で経理の仕事を担当しており,

有価証券や多額の現金をアタッシュケースに入れて,

東京都中野区にある本社と新宿区にある銀行との間を

電車や徒歩で運ぶ場合があったところ,

仕事中に暴漢等から襲われたときに自己の身体や

有価証券等を守る必要を感じ,護身用として

催涙スプレーを入手しようと考えて本件スプレーを購入した,

 

②被告人は,ふだん,かばんの中に本件スプレーを入れて

中野区にある自宅から出勤し,仕事で銀行へ行くときには,

同スプレーを取り出して携帯し,自宅に持ち帰った際には

同かばんの中に入れたままにしていた,

 

③被告人は,健康上の理由で医師から運動を勧められており,

日常,ランニングやサイクリング等の運動に努めていたところ,

本件当夜は,その前日である平成19年8月25日の夕方から

夜まで寝てしまったため,翌26日午前2時ころ,

自宅から新宿方面にサイクリングに出掛けることにしたが,

その際,万一のことを考えて護身用に本件スプレーを携帯することとし,

前記かばんの中からこれを取り出してズボンの

左前ポケット内に入れ,本件に至ったというのである。

 

思うに,本号にいう「正当な理由」があるというのは,

本号所定の器具を隠匿携帯することが,

職務上又は日常生活上の必要性から,社会通念上,

相当と認められる場合をいい,これに該当するか否かは,

当該器具の用途や形状・性能,隠匿携帯した者の職業や

日常生活との関係,隠匿携帯の日時・場所,

態様及び周囲の状況等の客観的要素と,

隠匿携帯の動機,目的,認識等の主観的要素とを総合的に

勘案して判断すべきものと解されるところ,本件のように,

職務上の必要から,専門メーカーによって

護身用に製造された比較的小型の催涙スプレー1本を入手した被告人が,

健康上の理由で行う深夜路上でのサイクリングに際し,

専ら防御用としてズボンのポケット内に入れて

隠匿携帯したなどの事実関係の下では,

同隠匿携帯は,社会通念上,相当な行為であり,

上記「正当な理由」によるものであったというべきであるから,

本号の罪は成立しないと解するのが相当である。

 

そうすると,原判決及び第1審判決は,

軽犯罪法1条2号の解釈適用を誤った違法があり,

これが判決に影響を及ぼすことは明らかであって,

原判決及び第1審判決を破棄しなければ著しく

正義に反するものと認められる。

 

・全文はこちら(裁判所ホームページの本裁判のページ)

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