医師の退院時における説明及び指導の過失

(平成7年5月30日最高裁)

事件番号  平成3(オ)2030

 

最高裁判所の見解

人の生命及び健康を管理すべき業務に従事する者は、

その業務の性質に照らし、危険防止のために

実験上必要とされる最善の注意義務を要求されるのであるが

(最高裁昭和三一年(オ)第一〇六五号同三六年二月一六日第一小法廷判決・

民集一五巻二号二四四頁参照)、右注意義務の基準となるべきものは、

一般的には診療当時のいわゆる臨床医学の実践における

医療水準であるというべきである

(最高裁昭和五四年(オ)第一三八六号同五七年三月三〇日第三小法廷判決・

裁判集民事一三五号五六三頁、最高裁昭和五七年(オ)第一一二七号

同六三年一月一九日第三小法廷判決・裁判集民事一五三号一七頁参照)。

 

ところで、前記の事実に照らせば、新生児の疾患である核黄疸は、

これに罹患すると死に至る危険が大きく、

救命されても治癒不能の脳性麻痺等の後遺症を残すものであり、

生後間もない新生児にとって最も注意を要する

疾患の一つということができるが、

核黄疸は、血液中の間接ビリルビンが増加することによって起こるものであり、

間接ビリルビンの増加は、外形的症状としては

黄疸の増強として現れるものであるから、

新生児に黄疸が認められる場合には、それが生理的黄疸か、

あるいは核黄疸の原因となり得るものかを見極めるために

注意深く全身状態とその経過を観察し、

必要に応じて母子間の血液型の検査、血清ビリルビン値の測定などを実施し、

生理的黄疸とはいえない疑いがあるときは、観察をより一層慎重かつ頻繁に

認められたら時機を逸することなく交換輸血実施の措置を執る必要があり、

未熟児の場合には成熟児に比較して特に慎重な対応が必要であるが、

このような核黄疸についての予防、治療方法は、

上告人A3が出生した当時既に臨床医学の

実践における医療水準となっていたものである。

 

そして、(一) 上告人A2は、

被上告人の医院で順次出産した長男や長女にも黄疸が出た経緯があり、

上告人A3は三人目で、この場合は黄疸が強くなると児が

死ぬかもしれないと他人から聞かされ、

母子手帳にも血液型の不適合と新生児の重症黄疸に関する記載があったことから、

第三子である上告人A3に黄疸が出ることを不安に思っていた、

(二) そのため上告人A2は、被上告人に上告人A3の血液型検査を依頼し、

被上告人は、これに応じて血液型検査を行ったが、

その判定を誤り、実際には上告人A3の血液型は

A型であったのに母親である上告人A2の血液型と同じO型であるとした、

(三) 体重二二〇〇グラムの未熟児で生まれた上告人A3には、

生後四日を経た昭和四八年九月二五日ころから

黄疸が認められるようになり、上告人A2らは

これに不安を抱いたが、被上告人は、上告人A3には

血液型不適合はなく黄疸が遷延するのは

未熟児のためであり心配はない旨の説明をしていた、

(四) 上告人A3の黄疸は同月三〇日の退院時にも

なお残存していた上、上告人A3の体重は

退院時においても二一〇〇グラムしかなかったなどの

事情があったことは、前述のとおりである。

 

そうすると、本件において上告人A3を

同月三〇日の時点で退院させることが

相当でなかったとは直ちにいい難いとしても、

産婦人科の専門医である被上告人としては、

退院させることによって自らは

上告人A3の黄疸を観察することができなくなるのであるから、

上告人A3を退院させるに当たって、

これを看護する上告人A2らに対し、

黄疸が増強することがあり得ること、

及び黄疸が増強して哺乳力の減退などの症状が

現れたときは重篤な疾患に至る危険があることを説明し、

黄疸症状を含む全身状態の観察に注意を払い、

黄疸の増強や哺乳力の減退などの症状が現れたときは

速やかに医師の診察を受けるよう指導すべき

注意義務を負っていたというべきところ、

被上告人は、上告人A3の黄疸について特段の言及もしないまま、

何か変わったことがあれば医師の診察を受けるようにとの

一般的な注意を与えたのみで退院させているのであって、

かかる被上告人の措置は、不適切なものであったというほかはない。

 

被上告人は、上告人A3の黄疸を案じていた上告人A2らに対し、

上告人A3には血液型不適合はなく黄疸が遷延するのは

未熟児だからであり心配はない旨の説明をしているが、

これによって上告人A2らが上告人A3の黄疸を

楽観視したことは容易に推測されるところであり、

本件において、上告人A2らが退院後上告人A3の黄疸を案じながらも

病院に連れて行くのが遅れたのは

被上告人の説明を信頼したからにほかならない

(記録によれば、上告人A2は、一〇月八日上告人A3を

G病院に連れて行くに際し、上告人A1が

上告人A3に黄疸の症状があるのは未熟児だからであり

心配いらないとの被上告人の言を信じ切って同行しなかったため、

知人のIに同伴してもらったが、同病院のH医師から

上告人A3が重篤な状態にあり、

直ちに交換輪血が必要である旨を告げられて驚愕し、

Iを通じて上告人A1に電話したが、

急を聞いて駆けつけた同上告人は、H医師から直接話を聞きながら、

なお、その事態が信じられず、H医師にも告げた上で、

被上告人に電話したが、被上告人の見解は依然として変わらず、

上告人A1との間に種々の問答が交わされた挙句、

H医師の手で上告人A3のため交換輸血が

行われた経緯が窺われるのである)。

 

そして、このような経過に照らせば、

退院時における被上告人の適切な説明、

指導がなかったことが上告人A2らの認識、判断を誤らせ、

結果として受診の時期を遅らせて

交換輸血の時機を失わせたものというべきである。

 

したがって、被上告人の退院時の措置に過失がなかったとした原審の判断は、

是認し難いものといわざるを得ない。

 

そして、被上告人の退院時の措置に過失があるとすれば、

他に特段の事情のない限り、

右措置の不適切と上告人A3の核黄疸罹患との間には

相当因果関係が肯定されるべきこととなる筋合いである。

 

原審の判断には、法令の解釈適用を誤った

違法があるものといわざるを得ず、

右違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。

論旨はこの趣旨をいうものとして理由があり、

原判決は破棄を免れず、更に審理を尽くさせるため、

原審に差し戻すこととする。

 

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